魔法学校での半年を終えて
それからは瞬く間に半年が過ぎた。
とにもかくにも必死に読み書きを覚える日々で、陽平は自分がどう過ごしていたのかあまり覚えていなかった。
黒い森まで帰るのも面倒で、何度か遠方出身者の寮に転がり込もうとしてはエリーに引きずられて帰ったのは覚えている。
最初の内は猪肉の煮込みを大量に作っておいてそれを出したり、温めるだけ出すだけのソーセージとザワークラウトに頼っていたが、何日も変わらない味にエリーから文句を言われたり、猪肉が無くなって買い物せねばならなくなるともう頭が疲れてしまって、三日に一度は食堂で食べて帰る様になった。
目を回している陽平を哀れに思ったのか、食べて帰らない日も料理は交代制になった。
家事一切を請け負う条件で家に置いて貰ったのに、しかも元の世界の情報を得るため学校にも通わせてもらっているのに、と申し訳なく思う気持ちもあったが、エリーがポン、と陽平の頭に手を置いて「気にしないの。」と美しく微笑むもので、考えない様にした。
余談だが、読み書きの授業の際に、単語の説明を翻訳有り、単語の発音を翻訳無しで聞くために翻訳首輪を触り続けていたもので、癖だと思われ、陽平のあだ名は“首”になりかけた。
そうこうする内少しずつこの世界の言語が身について来たころ、基礎的な法学の授業が始まった。
憧れのテミス・ヴァーゲ教授の授業に興奮するヨハンナや他一部女子を除き、当初は居眠りしかける生徒が多かった。
ヴァーゲ教授の授業は面白いと思う。分かりやすくかみ砕き、身近な例を取り入れつつ、法が生徒ら自身の生活に関係している事を感じさせつつ教えているのだ。
しかし、やはりどんな分野でも苦手意識で最初から拒否感を持ってしまう人間は居るもので、どんなに興味を持たせるよう工夫したところで、聞く耳を持たなければ意味が無い。
法学、などというけったいな学問なら殊更だ。
ガン!
大きな打撃音が教室に響き渡った。
「知は!力です!」
音は、ヴァーゲ教授が出したものだった。見た目にそぐわぬ大声も教授のものだ。
「考えることをしなければ、あなたたちは悪意を持った一部の人間の、偏った思想や利己的思考の元なんの疑問も持たずに操作されるのみとなるでしょう。無実の人間を傷つけても、それが正義だと疑わないかもしれません。疑問を持ったとしても、抗う術を知らないままです。」
皆が顔を上げると、その声は至極静かに抑えられたが、しかし逆にそれが大きすぎる感情を無理やり抑えているかのようで、最早教授から目を離す者は居なかった。
「知は、力です。知は、考えることにつながり、悪意に立ち向かう武器ともなるでしょう。
とは言え、1人の力で大衆を動かすのは、相当な頭とカリスマ性、財力、コネクション、様々な力を要するでしょう。そうした力を生むのにも知が必要ですが、そこまで出来なかったとしても、国民一人一人が知ろうとする意識を持ち、自覚を持つことで、悪意ある特定の誰かにただ黙って操作される道から逃れて欲しいと思うのです。」
教授の一言一言は、何か真に迫るものが有った。
もしかしたら今は平和に見えるこの国にも、過去に何かあったのだろうかと陽平は憶測する。
「人々が集まって生活する以上、ルールが必要です。そして、そのルールは生活する人々を支えるものでなければなりません。その為に、法を学ぶのです。そして、法を改善していくのです。
あなた方はいずれ人の上に立つでしょう。その時にどのような人間であるか、考えて学校に来なさい。」
その後続けられた授業は、元通り工夫された分かりやすいものだったが、生徒らの真剣さは全く異なるものになった。
授業の終わりごろに、次回は衛生管理と水道法について学ぶ、と言う話があり、陽平はふと、この国の水道事業とエリーの各戸用上水道に関する発明の事を思い出した。
陽平は以前、世界史か何かで、昔のヨーロッパは窓から汚物を投げ捨てていたため非常に不衛生で、ペストが蔓延したと聞いたことがあった。しかし、考えてみれば、この国の城下町ではそうした酷い悪臭を感じた事は無く、上水は汲み出し式で有るものの、下水道は整備されているように思われた。
水道法と言う事は、もしかしたら、水道事業についてヴァーゲ教授も何か関わっていたかもしれない。
それならば、エリーの発明についても売り込んだり、国の方に取り計らって貰えるかもしれない。
最近良いところがまったく無かった陽平は、エリーに提案してみようと久しぶりにうきうきしながら1日を終えた。




