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魔法学校生活2日目:向いている事とやりたい事と、やらねばならぬ事と。

「ヴァーゲ教授!」


 教授室を出たところで、男子生徒から呼び止められた。

 来客中という事で、教授が出てくるのを教室で待っていたらしいその生徒は、肩まで伸びたふわふわの茶髪に丸い目、丸い顔、八の字眉のパッとしない顔立ちだった。

 立ち上がると速足で教授に近づく。


「僕を、ヴァーゲ教授の研究室に入れてください!」


 その生徒は、陽平の存在に気が付かないのか気にしていないのか、話し始めてしまう。

 声を掛けずに離れるのも憚られたのと、物見遊山半分で、陽平は2人から少し離れた椅子に掛けた。


「まあまあ、ヴェルフ君じゃないの。いつも良くお勉強されてるわね。でも、まだ4年生に上がったばかりでは無かったかしら。」


「研究室に入るのが5年生からであることは存じています。ですが、僕は、居ても立っても居られなかったのです。僕はずっと、戦闘魔法を学ぶ事が父の助けになると、領土を守る為になると考えていました。しかし、僕の魔法は戦闘に向かない。しかも、先生の元で法を学ぶ内、領土を守る為には戦いだけでなく、むしろ上に立つ者に成るならば、統治について学ばねばならぬと気づかされたのです。」


 なんとなく、声や顔立ち、そしてこの話し出したら止まらない感じ、覚えがあるぞ、と陽平は記憶を辿る。


「そんな風に言っていただけて光栄だわ。でも、4年生は必修科目が多く、1日中授業があるでしょう。法学についてもまだまだ授業でお教えする範囲が残っていますし、それ以上を学びたい場合でも、選択科目や研究室での時間が取れる5年次からの所属でも遅くはないと思うわ。」


「……教授は、ジークと言う生徒をご存知ですか。」


「ああ、……ふふ、いつもギリギリで赤点を免れている子ですね。」


 一瞬思案顔で言葉を選び答えた教授の言葉に、ヴェルフと呼ばれた生徒も陽平もぽかんと口を開ける。

 卓越した魔力と魔法の才能を持ち、顔も良くて人気もある完璧人間ジークのイメージからはあまりにもかけ離れている。


「……ふふふ、昨日の演習での事であれば、私も聞いていますよ。触発されてしまったのかしら。」


 男子生徒は微かに頬を赤らめると、答える。


「その、きっかけは確かに、昨日の演習でした。彼の魔法は圧倒的で、それでいてまるでそれが当然であるかのような振る舞いだった。あれが下級生のものだと思ったら、自分の魔法を武力として磨き続ける事に疑問が湧いたのです。自分の立場を考えても、将来的には、戦場で先頭に立つ事より指揮を取る事になるでしょう。それに、戦争は無いに越したことはないと僕は考えます。それならば、早く、(まつりごと)について学びたい。」


「そうねえ、あなたは近いうちにお父上の後を継ぐ事になるでしょうしね。」


 言い方が引っかかる。この生徒は4年生、まだ11歳だ。特に父親に何か問題がある様な話も無かったのに、なぜ近いうちに、と言えるのだろう。この時代はそう言うものなのか、それともこの生徒の実家の領地は今何か危機に瀕しているという情報でも入っているのだろうか。

 男子生徒の方を伺うと、男子生徒もきょとんとしていた。やはり、この教授は何か隠し事をしている気がする。


「それじゃあ、こうしましょう。」


 ヴァーゲ教授がポンと手を叩いた。

 生徒も陽平も思考を中断させられる。


「4年生で習う授業範囲を全てご自身で学んでらして。資料館にこの国の法体系と変遷の全集が有りますから、それを参考になさるといいわ。準備が出来たと思ったら、声をかけてくださいな。試験を致しますから。」


 男子生徒の顔が苦いものになる。“うへえ”とでも言いそうだ。


「あら、ふふ、何の苦労も無く入れると思って?

 あなたの様に興味とやる気を持って訪れてくれるのはとても嬉しいのよ。ただ、この魔法学校の教育体制はきちんと考えられたもので、生徒の成長に最大限沿うように出来ているわ。その例外になりたいのなら、それなりの実績が必要ではなくて?

 ジークリンデ嬢だって、研究室に所属したから魔法が上手くなったのではありませんよ。そこに至るまでに、個人的に勉強して、練習して。研究室に通い詰めるまでにほぼ彼女の魔法は今の状態に近い所まで磨かれていたそうよ。」


 生徒と陽平の顔が再度間抜けなものになる。

 この教授は今、ジークリンデ嬢、と、彼女、と言ったか。


「あら?もしかして、ジークリンデ嬢を男子だと思っていたのかしら。そう言えば、彼、と言っていたわね。」


 生徒と陽平の口が、顎が外れるのではないかと言うほど大きく開かれる。


「うふふふ、いやあねえ、二人共、面白い顔をしてらっしゃるわよ。まあ、ジークリンデ、と言う名前なら、ジギー、もしくはリンデ、と呼ばれるのが普通ですものね。

 ……彼女ね、元々魔法が上手でね。それを妬んだ男子生徒に、“女はどうせ弱くて戦えないから魔法を学ぶ必要はない”だとか、“女の癖に生意気”なんて言われたらしくて、怒って片っ端から叩きのめしてしまったことが有るのよ。大した問題児だわ。でも、それで女子生徒に人気が出てねえ。いつからか、“Sieg(ジーク)”、つまり、“勝利”って呼ばれる様になっていたわ。有名だと思っていたけれど、他学年には“ジーク”としての彼女の方が広まってしまっていたのねえ。」


 なんだそれ、由来までカッコイイ。あのジークが女の子だったなんて。詐欺だろう。


 しかし、それを聞いて得心がいく。

 ジークがいつも一緒に居るのは女の子たちで、それでいて自然体で、自慢する様子でも無かった。

 エリーが現れた時にも、嫉妬心を滲ませる子も居たものの、周囲の女生徒はどちらかと言うとエリーに対して興味深げにしており、快く仲間として受け入れたようだった。

 出で立ちや魔法を使う様子、エリーと陽平に対する態度から男子だとばかり思っていたが、そう言えば本人から性別を聞いたわけではない。

 エリーを盗られるのではないかといつも気を張っていたので、陽平はどこか拍子抜けするような気分がした。


 ……あれ、エリーを盗られるってなんだろう。


 陽平は自問自答して、しかし再度教授に思考を遮られた。


「さあさあ、2人とも、遅くなってしまうから帰りなさい。ここに遊びに来るのはいつでも歓迎しますからね。ヴェルフ君、これからも法学に興味を持って学んでくれたら嬉しいわ。」


 教授は、人の良い笑みを浮かべながら、2人を教室から追い出した。


「……あの、残念でしたね。俺も、ジークの演習を見て焦ってたんで、気持ちは分かります。」


「……君は?」


「1年生で、陽平って言います。齢は15です。」


「年上ですか。失礼しました。僕はアルブレヒト・ヴェルフ、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク一帯を統治する家の者です。」


「あの、1年生ですし、身分がかなり違うのは分かるんで、敬語は無しで……」


「身分を理由に見下すのは嫌いです。しかし、友人になってくれるのでしたら。」


「じゃあ、友達ってことで。」


 2人は握手すると、それぞれ笑顔で離れた。

 アルブレヒト、アルブレヒト……ああ!あれか!ヨハンナの兄ちゃんか!今度会った時に話そう。

 なるほど、ヨハンナがブラコンになるのも分かるくらい、好青年だった。

ジークの二つ名は、ブリュンヒルデの加護を持つもの。

ジークとしては、ブリュンヒルデの再来、と言われたい。


それから、陽平は勝手に安心していますが、ジークが女の子だからってライバルに成り得ないとは言えません。

筆者は家事大嫌いなので陽平みたいな相手が居てくれたらとは思うんですが、中身的にはジーク推しです。エリーもジークの事は好ましく思ってます。付き合いも陽平よりかなり長いですしエピソードもいくつかありますので、陽平はうかうかしてないで頑張って欲しいですね。


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