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魔法学校生活2日目:邂逅

 昨日とは打って変わって、2日目からは怒涛の勉強付けだった。

 呪文を扱う基礎として、まずはとにかく単語の習得が必要不可欠であり、現代語・古語合わせて詰め込まれていく。


 魔術の触りとして軽い説明は有った。

 臨機応変な対応が必要だが、一般的に、植物など寿命が長く世代間の変化の小さいもの、大地や鉱物、水、空気など根源的性質の変化が少なく境界が曖昧なものは古語の方が通りやすく、動物など世代交代や世代間・個体差が大きいものは現代語が通りやすいらしい。


 ただ、その辺りの使い分けは、下地として単語を叩きこまなければ意味が無いわけだ。

 後で詳しく教えるから、今は自由に使えるようにとにかく覚えろ、とのお達しだった。

 余談だが、動物に魔法を使用する際は、倫理観に基づく法律や、意思のはっきりした相手との交信における注意や難しさなども学ばねばならないが、それも追々学んでいくらしい。


 羊皮紙に、慣れない羽ペンで単語を書き連ねていく。

 やはり、口頭ですらこの国の言語を理解出来ない陽平には、読み書きは足枷となった。

 他の学生もつづりや古語でつまずいてはいるが、基本的には母国語であり、陽平と開きが出てくる。


 しかしながら、算術に関しては陽平が有利だった。

 以前日本で学んだ計算式等とさほど変わりなかった為、魔法円等に関係無い基礎的なものであれば予習も復習も要らない。


 そうして得手不得手の差をなんとか利用して、遅れない様にせねばと陽平は必死だった。


 放課後になると、陽平はふらふらと校舎内を見学して回った。

 入学前は情報集めの為に放課後資料館に通う予定だったものの、とてもじゃないが陽平の脳はそんなことができる容量など余っていなかった。


 3年生であるエリーらは、自身の大まかな魔法傾向を掴む為今日は1日演習漬けの様で、まだ授業が終わっていない。入れ替わり立ち代わり教授が演習場に入っていく。

 勿論、座学や研究、魔法道具制作等で発揮される魔法も有るので、それはまた明日以降研究していくのだろう。


 陽平は、ぼう、と2階から演習場を眺めた。


 ふと、人の気配に振り向く。

 そこにはヴァーゲ教授が立っていた。

 ヴァーゲ教授は、何か考えている様な、何も考えていない様な目で陽平を見つめた。

 陽平は反射的に会釈する。

 ヴァーゲ教授は杖を頼りにたどたどしい足取りで陽平に近づいた。


「何年生かしら。」


「1年生です。魔法の発現が遅かったので、15歳ですが今年入学しました。陽平と申します。」


「そう。ヨーヘイ。珍しい名前ですね。……立ち話もなんですから、教授室にいらっしゃらない?」


「あ……はい。ぜひ。」


 教授のお誘いだ。特に用事も無かったので、なぜ誘われたのか分からないものの応えることにした。

 意図せず法学教室の目の前に居たらしく、真後ろの扉を通って教室を進み、教授室に入る。

 途中、研究室から出てきた上級生と目が合ったが、相手もさほど気にすることなくすぐに視線は離れていった。


「どうぞ、掛けて。」


 教授の執務机の前にテーブルとソファがあり、下手と思われる位置に腰かけた。

 程なく教授が湯気の立つ飲料を手渡してくれた。

 甘い香りの中にアルコールを感じる。


「蜂蜜酒で良かったかしら。本当は、アルコールの入っていない物をお出ししたいのだけれど。」


「ありがとうございます。いただきます。」


 蜂蜜の良い香りと優しい甘さが広がった。

 1日の疲れがほぐれる様な心地がした。


「……あなたは、どこからいらしたの?」


 どこから。それは、陽平にとって難しい問いだ。

 日本から来た。そんな答えは、この世界では理解されない。

 単純に返すならば、目覚めた地であり現住所である黒い森だ。

 しかし、この教授の“どこから”は、何か含みを持っている気がする。

 陽平は戸惑ったあと、当たり障りなく返答することを選んだ。


「黒い森から来ました。魔女様の所でお世話になっています。」


「……そう。黒い森へは、いつ?」


「……20日程前です。目が覚めたら森の中に居て、それ以前の記憶が有りません。」


 答えてから、自分の言葉ではたと気付く。

 これまで全く意識していなかったが、陽平がこの世界に来てからまだ1か月と経っていないのだ。

 なんと忙しない日々だろう。

 狼に襲われ、命を助けられ、見ず知らずの人の家に転がり込み、弟子となり、家の事を丸きり任される様になり、魔法道具を作り操れる様になり、魔法学校にまで通い始めた。これが、1か月と経たない内に起こったのだ。

 陽平は何やら呆れた様な気分になる。


 また自分の考えに籠っていた事に気付いた陽平が顔を上げると、そこにはヴァーゲ教授の悲し気な、喪失感の様なものが滲む顔が有った。

 どうしたというのだろう。陽平は不安になる。その顔は、陽平の境遇に対する同情ではないような気がした。


「……教授は、なぜ俺を招いてくださったんですか。」


「……気まぐれ、かしらね。あまり見ない顔立ちでしたし、お名前も馴染みがない響きでしたから。」


「そうですか。」


 教授は、自身の残念そうな顔に気付いているのだろうか。この人は、何か知っている気がする。陽平はそう直感した。


「教授は、俺が森に居た理由をご存知ですか。」


「さあ、ごめんなさい。それは分からないわ。……興味は、有るのだけど――とても。そう、とても。」


 この言葉に偽りは無いようだった。


「引き留めてしまってごめんなさい。あなた、どなたかを待っていたんじゃないかしら。外までお送りするわ。……ぜひまた、気軽にいらしてね。」


 そう言うと、教授は杖を支えにして重たそうに腰を上げ、扉の方へ歩き出した。

 結局さほど話と言う話もしなかったし、教授の意図も分からないままで、陽平は何かわだかまりが残る思いだったが、このまま居座る訳にもいかない。相手は自分より何十年と長く生きてきた人で、しかも元国付き法務官の法学教授。陽平が聞き出そうとしたところで何か出てくるとも思えない。

 陽平は慌てて蜂蜜酒を飲み干すと、素直に教授の後ろに続いた。

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