魔法学校生活初日:帰宅と移動用魔法道具
なんだか怒涛の一日だった。
陽平は、疲れた頭でエリーが出てくるのを待つ。
この世界に来た初日の様に、命の危険にさらされたわけではないものの、次から次へと関わる人間が増え、新情報が入って来て、頭を使いっぱなしだった。
メモできる物も無いので、整理しようがなければ、すべてを覚えている自信もない。
眉間をぐいぐいと揉む。
「ヨーヘイ、お待たせ!」
エリーが大きく手を振りながら近づいてきた。
その姿を見ただけで、陽平の肩から重いものが落ちた様な感覚があった。
「あーあ、若いって凄いわね。元気過ぎて、なんだか体力奪われちゃった気分だわ。」
「お疲れ様でした。ジークはどうしたんです?」
てっきり、無理やりついてくるものと思っていた。
陽平は、途中まで一緒に帰るのは仕方ないかと覚悟していたのだ。
「あのね、せっかく半日で終わるから、この後演習場借りて特訓するんだって。」
ストイックかよ。
また陽平の気持ちが重くなった。
そんな陽平を見て、エリーが困ったように笑った。
「ま、何もかも初めてばかりなんですもの、焦らなくていいわよ。帰ろ!」
正門を入ってすぐのロータリーには、馬は居ないが豪華絢爛な馬車が列を成しており、多分貴族の子息令嬢を迎えに来たのだろう。羨ましい気持ち半分、駅前のタクシー行列の様で少々笑ってしまいそうな気持ち半分だった。
馬が居ない、と言っても、某魔法学校の様に勝手に動く訳ではなく、昔の自転車の様な大きな車輪の上に御者がいる。御者一人で大きな馬車を動かせるわけが無いと思ったら、涼しい顔をしてするすると漕いで帰って行った。
「あれ、面白いわよね!車輪の駆動部だか地面との接地面だか、どこかしらに連続した呪文が刻んであって、車輪を漕ぐことで呪文を起動してるらしいの。
仕組みは秘匿されてて、国直下の魔法道具工場が管理してるから、詳しくは知らないんだけど。」
陽平が、御者車?自転車タクシー?を見ていると、エリーが説明する。
「エリーなら簡単に解析出来そうですけど。」
「うーん、もう開発されてるものより、まだ知られていない事を研究したり発明したい、ってのもあるし。これに関しては、暴くのは野暮な感じがするってのが大きいかなぁ。隠してる魔法を破るのなんて何でもないけど。」
なるほど、エリーなりのこだわりが有るらしい。
「あれ、テミス先生が開発したらしいのよ!
昔は城下町も馬車が走っていて、至るところで糞や尿をするもんだから、臭いし不衛生だったんだって。
で、テミス先生が仕組みを考案して、魔法具開発室に開発させて商品化して、法的にも城下町での馬車使用を禁止したんだって。」
テミス・ヴァーゲ教授か。今日は良く話題に上る。
すごいな、かなりやり手だ。
「最初は反発があったけど、長年の馬の維持費よりは魔法道具の方が安いし、町も衛生的になってすぐに圧倒的な支持を得たらしいわ。私の母がね、テミス先生のファンだったのよ。」
正門を抜け、これから蛇行した山道に入ろうと言う所で、何やらじゃんけんの様な勝負をしては騒ぐ何組かの集団が居た。
「あれ、何してるんでしょう。」
「ああー、昇降機の御者を決めてるんでしょ。」
「昇降機?」
「ええ、普通に山道を使うと、下りでも20分はかかるでしょ。だから、昇降機があるの。だけど魔力を流す役が必要で、10人は乗るから結構魔力も体力も消耗するのよね。その御者役をゲームで決めてるんでしょ。使ってるのを見た感じ、御者になるなら歩いた方が疲れないんじゃないかしら。」
成程、それで皆必死なのか。それなら歩けばいいのに、どこか楽しそうなので、運試しや遊びの感覚も大きいのかもしれない。
来る時は山道を使わず、こっそり木々の間を飛んで正門手前で大衆に合流したので、昇降機は目にしなかったのだ。
本来、城下町などの公共の場で魔法を使用する場合、認可を得た魔法道具の使用を除き、魔法学校の卒業資格が要るらしい。
学生など卒業資格が無い場合、学校もしくは役所への申請が必要なのだ。
ここで昇降機を利用するのは、移動系の魔法が不得意だったり、まだ演習を経ていない低学年の学生だろう。
わいわいと騒ぐ集団を横目に、素直に歩くもの、飛んで行くもの、何事もなく通りすぎる御者車など様々だ。
陽平は、青春のやり直しのようで、なんだか全てが微笑ましかった。
家に着くと、まだ無くならない猪肉をシチューにする。
以前作っておいたザワークラウトと一緒に煮込んだ。
実は、件のザワークラウトだが、量りが無かったことから塩を入れすぎた様で、酸味は出たがそれよりかなりしょっぱさが目立ち、半分は水を足してさらに発酵を続けてみて、もう半分はこうして味付け代わりに煮込み料理に使っていた。半分ずつにしたのは、水を足すのは良くないと友人に聞いたので、全てが悪くなってしまうリスクを避けたためだ。
せっかく漬けたのに……とちょっと残念な気分だが、エリーは美味しいと食べてくれるのでまぁ問題無しだ。
ちなみに、2人で朝食を作ったあの日以来、結局エリーは料理に飽きてやらなくなってしまったが、後片付けはエリーの担当になった。
その間に陽平は、魔法の練習を兼ねて風呂の薪を準備している。
少しずつ2人の役割分担が出来ていって、もう、“命の恩人に何も返せていない”とか、“自分なんてこんなことしか出来ない”という陽平の卑屈な考えも改善していた。




