師匠との生活18日目:魔法学校生活初日
「ヨーヘイ、大丈夫?また思考飛んでる?」
あれよあれよという間に始業の挨拶が終わってしまい、陽平は不安を抱えたまま教室に向かう事になった。
エリーはさすが肝が据わっていて、3年次からの編入にも関わらず落ち着いている。
と、朝見かけた賑やかな集団が近づいてきた。
「キルシュ!やっと学校に通う気になったんだね!声が聞こえたから探したんだよ。」
あんなに賑やかに話していてエリーの声に気が付くって、どんだけエリーが好きなんだろう。もしくはかなり耳が良いのか。陽平は、ジークに突っかかられることを懸念して、さりげなくエリーから距離を取った。
「ジーク!こんにちは。そうなのよ、ヨーヘイも魔法を学び始めたし、良い機会だから来てみようかと思って。」
ああ、エリー、わざわざ触れてくれなくていいのに……陽平は、ジークの鋭い目に苦笑を返す。
ほら、取り巻きの女の子たちも成り行きに興味津々じゃないか。と言うか、君らはいいのかそんなに呑気で、と陽平はツッコみたくなる。
取り巻きで居るからには、ジークに少なからず好意を持っているんだろうに、まるで恋愛ドラマの修羅場を観ているみたいに、それぞれワクワクキラキラ、もしくはハラハラドキドキ、と言った様な表情で様子を伺っている。中にはエリーにあまり良い顔をしていない子も居るが。
「それにしても、人気者ねえ。」
「いや、そんなことないよ。」
「それっていっそ嫌味に聞こえるわよ。ジークって3年生って言ってたわよね?私もなの!教室が分からないから、一緒に行っても良い?」
「勿論大歓迎だよ!」
陽平は、凄いな、エリーは鋼の精神だな、と感心しながら突っ立っているしかない。
「ヨーヘイを案内してあげたいから、1年の教室に寄って欲しいんだけど、可能?」
ジークは不機嫌を露わにする。エリーが困った顔をして、陽平をちらと見やると、ジークが突然声を上げた。
「この中に1年生は居るだろうか!」
魔法で拡声したのだろうか、広間の喧騒の中でもはっきりとした声が通った。半径3メートル程の範囲の声が静まり、ちらほらと手が上がった。
「ほら、この方が効率が良いよ!教室を行ったり来たりする手間も省けるし、同学年の友人も出来る。ね!」
ジークが陽平に笑顔を向ける。陽平も、何だかもうこの空気に耐えられないし、面倒になって来たので、首肯した。
「じゃあ、そこの君!君は教室を知ってる?これを一緒に連れて行ってくれない?」
これって言ったぞこいつ。声を掛けられた1年生は、頬を赤らめて首肯した。
薄い色の金髪を一つに編んで片方に流した、上品な見た目の女の子だった。
君、悪い事は言わない。こいつはやめとけ。エリーが関わると性格が悪くなるぞ。
そう言いたくなるのを飲み込んで、陽平はよろしく、とだけ声を掛けた。
「じゃあ、ヨーヘイ、また後でね!」
エリーは朗らかに手を振って賑やかな集団と連れ立って行った。
「ええと、俺はヨーヘイ。君は?」
「リリー・カウフマン。あなたも1年生なの?」
「うん、魔法が出来るようになったのが最近なんだ。読み書きも出来ないから、1年生から。ちょっと齢食ってるけど、よろしく。」
「ふふふ、お父さんは25歳で1年生だったらしいから、全然気にしないよ。」
「えっ?」
「お父さん、今は魔法行商団をやってるんだけど、昔は普通の商家だったんだあ。」
えっ、世間狭すぎるだろ!って言うか、えっ、
「お父さん、今、おいくつ?」
「35歳。」
やっぱりー!食堂のおばちゃん、いや、ビアホールだけど、魔法を使った行商が“最近”って言ってたもん。始めてそんなに経ってないよね。え、で、今、
「リリーはいくつ?」
「もー、私は普通に8歳だよお。」
だよねええ!在学中のお子さんですかそうですか。
いや、年齢的にはなんにもおかしくないんだけど。なんだろう、なんとなくイケナイ感じがしてしまう。
大学なら分かるんだけど。言ってみれば、普通に入学したら、年齢的には小学校だからね。
「どうしたの?」
また陽平は思考を飛ばしていた。
「ごめん、最近ビアホールのおばさんに、リリーのお父さんの功績を聞いたばかりだったから。凄いなあと思って。」
「ふふ、そっか、ありがと。」
純粋な笑顔に後ろめたさを覚えながら、陽平はリリーと教室に向かった。
道中、リリーから聞いたところによると、1学年は50人前後との事だった。
国中から集めてその人数となると、魔法使いの貴重さが分かる。
しかも、得意分野や力量差も有るとなれば、魔法関連の職業はどこも人員確保に必死だろうな、と推測出来た。
エリーから聞いていた通り、1年目はまず読み書きと算術をみっちり詰め込まれるらしい。
陽平は最近めっきり翻訳首輪に頼っていて、日常会話すら文法を全く分かっていないので、これは骨が折れそうだ、と眉尻を下げた。




