師匠との生活9日目:アガタとエリー
「教科書、エリーが持ってて使えるの以外は、アガタさんが卒業生のなんかで融通してくれるって。改訂されたのや、卒業しても使うのなんかは始業までに新しく用意してくれるらしいし。良かったですね。」
「ええ。あの人本当根っからの仕事人間よね。なんでこんなとこ居るんだろ。」
親切にしてもらったのに、エリーはそんな風に返してきた。あまりアガタの事が好きではないのだろうか。
「知り合いなんですか?」
「……あの人、魔法学校の教授だったのよ。空間・空気に関する実践魔法の教授で、演習の監督もしてた。適当にやってはこっぴどく叱られたわ。……よく聞いておけば良かったんだけど。」
ああ、もしかしたら、エリーが友人を傷つけそうになった授業と言うのは、アガタの監督下にあったのだろうか。つまり、身を挺して友人を守ったのが、あの人だったのだろう。
「……私のせいで、辞めたのかな。」
エリーが肩を落とした。
「そうだったとしても、恨んでいる感じでは無かったですし、学校の事には関わっているみたいでしたし、役人さんの仕事も似合ってましたし、案外性に合っていたのかも知れないですよ。」
気休めにもならない言葉しか出てこなかったが、エリーは苦笑してありがとう、と応えた。
「ようし、ちょっと遅くなりましたが、昼食を食べましょう!」
もう昼時は過ぎていて、王冠マークのビアホールくらいしか開いていなかったが、一度食事してみたかったのでうきうきだ。
「こんにちはー!」
「はいはい、ああ魔女様のとこの新入りさんね!いらっしゃい。」
「今回は食事に来ました。」
「そうかい、ゆっくりしていきな。この前の猪肉ね、もう売り切れちゃってねえ。まあ食べ飽きたかね。何にする?」
食堂のおばちゃんは実に闊達だ。
「ええと、あれ、魚があるんですね!」
「そうなんだよ、今は魔法商団のおかげで、食材を冷やして運べるようになったからね。珍しい食材が良い状態で流通するからありがたいよ。調理法も現地から仕入れてくるから、挑戦しやすいしね。」
魔法商団様サマだ。久しぶりに魚が食べられる!
「25にも成って魔法学校に入るなんて言った時は、街の連中は心配したもんだけど、今じゃ食事処には絶対欠かせない人間になったからねえ。出世したもんだよ。」
タイムリーだな。さっきアガタが言ってた人じゃないのか?それ。
世間は狭いなあ、と陽平は感慨深げに頷いた。
それにしても、上級職志望じゃなかったのだろうか。
「じゃあ、クッターショレとブラートブルストと、ビールを。」
「困るね、うちは子どもにはビールは出さないよ。」
「俺、15歳です。」
「なんだ本当かい?民族の違いかね、童顔なんだねえ。」
役所で貰ったワッペンに年齢も記されていたので見せると、おばちゃんが納得してくれた。
「じゃあ、私はカッスラー・リップヒェンと、ビール。」
「あんたはダメだよ、知ってるんだからね。10かそこらだろ。」
エリーががっくりと肩を落とした。キルシュは確か11歳で申請していた。
「じゃあ、失礼して。」
運ばれてきたビールを流し込む。うーん、美味しい。
エリーが恨めしそうにしているが、法令には従わないと。
実年齢が25とは言え、幻覚でなく変化の魔法なら、体の作りも若返っているんだろうし。
体に悪いからね!
程なくして料理が運ばれる。
クッターショレは、ベーコンや野菜と共にソテーされたカレイだった。バターの香ばしい香りが食欲をそそる。
エリーのカッスラー・リップヒェンは、薄ピンク色をした豚肉の塊だった。ザワークラウトやジャガイモのペーストが添えられている。
形は違えど、臭いも色も、城下町デビューの日に食べた豚の足の塊煮に似ていて、陽平は怯んだ。エリーは本当に肉ならオールジャンル好きだな。狼肉も美味しそうに食べていたしな。
「乾杯!」
エリーはリンゴジュースで乾杯して、食事を始めた。
「そう言えば、この国の月ってどう言う名前なんですか?……あの、さっき、キゲツとかって。」
「ああ。翻訳が上手く機能してないわね。月って言ってたわよ。」
Monthの意味の月をMoonと翻訳したのだろうか。どっちも月で聞こえるからややこしい。
「ええとね、冬月から始まって、角月、春月、祭月、嬉月、休月、干草月、収穫月、木月、酒月、秋月、聖月、ね。」
「トウゲツ、ツノガツ、シュンゲツ……?」
「冬、角の生え変わり、春、祭り、陽気、お休み、干し草、収穫、木、ワイン、秋、聖い、って意味。」
覚えられない。メモしたい。陽平はメモできそうな物を探す。
「一気に覚えなくて良いよ、家に帰ったら壁に刻んであげる。」
眉尻を下げて笑うエリーに、可愛いなあ、と言いそうになる。
まずいな、もう酔っぱらったのだろうか。
「だから、ビール分けて。」
うん、覚めたから大丈夫。




