師匠との生活9日目:入学時審査
アガタと名乗った女性は、年の頃は50と言ったところか、灰色になった髪に白髪も多く交じった、落ち着いた雰囲気をしていた。
細身で、表情や立ち居振る舞いからは、厳しく固そうな印象も受ける。
「ではどうぞ、お掛けください。」
腕を振って椅子を3脚用意すると、アガタが促した。
20人ほどは入れそうな部屋の真ん中に、ぽつん、と3人が居る。
「キルシュさんとヨーヘイさんですね。話は伺いました。エルフリーデ嬢のところに寄せていると。」
陽平は目を見開く。この人はエリーを知っている。しかも、多分、浅からず関わったことがあるのだろう。
エリーに目を向けると、平静を装っていたが、渋い感情が透けて見える。
しかし、それについて触れる間もなくアガタが続けた。
「ではまず、お二人にお伺いします。魔法に目覚めたのはいつでしょう。学校に入ろうと思ったきっかけは?お二人のどちらから答えて頂いても結構です。」
「……魔法に目覚めたのは、黒の森で目が覚めて、狼に襲われかけた時です。助けよ……助かろうとして、気が付いたら魔法を使っていました。」
エリーから答えた。陽平を助けた時の状況から思いついたのだろう。
「何の魔法でしたか?」
「水でした。近くの小川の水を操り、狼の足をとって、その隙に逃げました。」
「成程。ここでその魔法を使う事は出来ますか?」
アガタは、言うが早いか両腕を挙げると水を作り出し、両手を器にして水を受け、エリーに差し向けた。
なんだか気温が少し上がったように感じる。
エリーは、指の隙間から零れた雫もまとめて水を球状にすると、陽平達の居ない方に浮かせて、そのまま蒸発させた。涼しくなった。
「ふむ、4年次からの編入でも問題無さそうですね。まあ、他の魔法も学べますから、希望通り3年次への受け入れとしましょうか。学校に入ろうと思ったきっかけは?」
「……黒い森に居るだけでは、分からない世界を知りたくて。」
うん、目的そのまんまだ。しかし、受け取り手は異なる解釈をするだろう。とても上手い。さすがエリーだ。
「では、ヨーヘイさんもお願いします。」
陽平の隣でエリーがホ、と小さく息を吐いた。
アガタに目を向けられて、まるで尋問を受けている様な気分になる。
嘘は見抜かれる、そう思わせる迫力がある。その上、自分に後ろ暗いところがある気にまでさせられる。
なんだ、エリーは事実を喋ってしまっただけだったのだ。さすが、なんて思って損した、と陽平は思う。
「ええと、俺……私は、魔女様の様に魔法を使いたくて、色々試していて、……単純な事なら、物に命令出来る事が分かりました。」
と、アガタの凪いでいた目が光る。
陽平はドキリとする。
ああ、この国で一人称は変化しないんだから、言い換えたって意味が無い。どもった様になって怪しかったのだろうか。
それに、自分の魔法傾向を考えるのはもっと先の予定だったのに、準備不足でそのまま答えてしまった。
どこかおかしかったのだろうか。
陽平の鼓動が早くなっていく。
「あの、まだ、上手く使えないし、本当に、そう言う魔法かは、分からないんですけど……」
「……それは、興味深いですね。1年次からの入学ですから試験はしませんよ。そんなに緊張しなくて結構です。……個人的には見てみたいですが。」
あっ!そっち!?そっちの意味で目が光ったの!?
陽平は声を上げそうになる。危ない。
「“魔女様”に会った経緯と、入学申請のきっかけは?」
「俺も、気付いたら黒い森に居て、うろうろしてたら巨大な猪に遭遇して、死ぬかと思った所を助けて貰いました。魔女様はなんでも出来てしまって、一足飛びに応用に入ってしまうので、基礎から魔法を学びたくて入学を希望しました。」
エリーが睨んで来るが、半分事実だ。
「……成程。よろしい。二人共事情がありそうですが、学校では良く学んで研鑽を積んでください。ヨーヘイさんは15歳で1年次と言う事で、気まずい事もあるでしょうが、過去には25歳で魔法が使えると判明し、上級職を目指して入学した方も居ます。気に病まず勉学に励んでくださいね。」
なんだかこの人は全部分かっていそうだ、と陽平は思ってしまう。
それにしても、25歳で8歳に交じる。昔、ニューシネマパラダイスと言う映画で、大人が小さい子どもに交じって試験を受けるシーンを見た。あんな状態だろうか。さぞ辛かったことだろう。
「……人柄がよく、生徒たちには教授陣よりも懐かれていましたね。」
全然違った。と言うより、やっぱりこの人心が読めるのか!
「……あのね、ヨーヘイ結構顔に出てるよ。」
エリーから注釈が入った。
陽平の頬に熱が集まる。
「……あの、お気遣いありがとうございます。頑張ります。」
部屋から出て窓口に戻ると、先ほどの役人からワッペンを渡された。学校ではこれを常に胸元に着けるように、との事だった。
アガタが優雅に指を振るうと、ワッペンが光る。
「情報を更新しました。名前が刻んでありますから、それぞれ持って帰りなさい。」
ワッペンを受け取って、庁舎を後にした。




