チート転生への憧れと希望
「次は、会話出来てる理由だっけ。ヨーヘイの言葉が分かんないから魔法で通訳してみた。」
陽平は完全に水を差された形となった。
盛り上がっていた気持ちが完全に萎む。
なんだよ、なんかの能力が芽生えたり、転生補正がかかったりしたんじゃないのかよと。
それはつまり、この状況が自身の影響でない事を意味していた。
「えー、と、普通に話すとどんなんですか?」
「うーんと、Mīn namo ist Elli.」
分からんぞ。聞き取れなくは無いがやっぱり自動翻訳機能が働かんぞ。なんだよ、転生物って言ったらチートになれるんじゃないのかよ。
陽平は心の中で毒づく。
「あと、そう、ヨーヘイを助けたのは私だね。年端もいかない少年が狼に襲われてるのを見ちゃってさ、助ける力が有るんなら、そりゃ助けるでしょ。方法は魔法ね。こう、うーん、“蹴散らせー”って感じでパーンってした。足も、こう、パーってした。」
うん、わからない。日本語だが分からない。陽平は、とりあえず女神、もといエリーが天才肌の説明下手だということだけ理解した。しかも、次々チートへの道も夢もぶち壊していく。なんだこの人。
そして、気付く。
「年端も行かない?」
「12,3歳ってとこでしょ?」
バッ!と勢いよく手を挙げると、成程、陽平の記憶より小さく柔らかい掌が目に入った。続いて、全身を触覚で把握しようと体中を撫でまわす陽平に見兼ねたエリーは、手鏡を出して(文字通り、空間から出現させた)、手渡す。
覗き込むと、そこには15,6歳の不安気な少年が居た。
何故年齢が分かるかと言えば、陽平にはその顔に見覚えがあるからだ。高校に入りたてくらいの過去の自分と瓜二つ。
そうして、やはりこれが単なる誘拐事件ではないことを実感した陽平は、またむくむくとチート転生への期待が大きくなっていくのを感じた。
漫画が好きで様々読み漁っていた陽平は、ネット上で、同じくネット上で公開された小説を原作とした転生物の漫画に出会って以来、常々少年漫画の様な世界に自分が実際に飛び込む、と言う妄想にふけっていた。
(見知らぬ世界に投げ出せれて、その先に魔女が居て。これ、弟子になれば早々魔法使いとして頭角を現すってヤツじゃなかろうか。)
「弟子にしてください!師匠!」
「うん、嫌。」
「ありがとうございます!……え?」
「うん、だから、嫌。」
陽平は目を丸くして言葉を失くす。まさか断られるとは思っていない。こう言った話では、主人公の助けとなるような人物もしくは生物、物、力等に出会えるはずで。その理論で行けば、チート能力もチートアイテムもフレンドリーな生物の味方も無い自分には、エリーがその人物であるはずで。
直感する。
この人を逃してはいけない。
異世界に丸腰で放り出されて、帰り方も分からず生活基盤も無い中、怪しげな生物もうろつく森で生き抜くには、この人に頼るしか無いのだ。
「俺、帰る所が無いんです!」
「城下町まで送ったげるわよ!そのくらいなら、ひとっとびだし。教会があるから、そこに行けば食事や眠る場所は用意してくれるでしょ。農園があるから、あなたくらいの年齢の子なら、働き手として歓迎してくれるんじゃないかしら。」
「……俺、ここの言葉分からないんで……」
「あー……じゃあ、私から説明するわ。生後間もない捨て子も居るし、教育体制はあるだろうから、あとは向こうが教えてくれるだろうし、身振り手振りでなんとかなるでしょ。」
「そんな……なんで……」
「なんでって言われても。だって、実際見知らぬ他人でしょ。騙そうとしてる悪人かもしれないし?」
「助けるなら最後まで助けてくださいよ……」
段々と、陽平の言葉からは覇気が無くなっていく。
情に訴えようとしても、エリーには全く意に介する様子がない。
いつの間にか“普通脱出”にわくわくしていた気持ちは消散して、不安が膨らんでいくのを感じる。
もしかしたら、自分はこのまま放り出されて、見知らぬ土地で言葉も分からず帰る場所もなく生きて行かねばならぬのではないか。
いや、それどころか、教会とは名ばかりで、入ったが最後日本で保障されていた人権の無い暮らしを強いられるのではないか。
もしかしたら、暮らすどころか、金持ちの道楽で買われているモンスターの餌として生涯を終えるかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら……
どんどん暗くなっていく表情に、エリーは困ったようにして答えた。
「悪いんだけど、私、10歳から15年間、一人で暮らしてきたのね。
そりゃあ自分でなんともならないものもあるし、お金は必要だから、城下町に商売には行ったりするけど、人と関わるのなんてそのくらい。
そんな私が、人と生活出来ると思う?自分の家事でもいっぱいいっぱいなのにさあ。子どもの世話なんて。魔法の研究だけしてたいのに。正直めんど……」
「俺、料理他家事一通り出来ます。」
「乗った。」