師匠との生活8日目:魔法学校
「おはよー!」
いつもより早く、しかも、すっきりした表情でエリーが起きてきた。
夜型なのか、朝方はだるそうなのが常なので、陽平は訝る。
「おはようございます。今日は早いですね。」
「ふふん、昨日言ったでしょう、今度は私が作るって。早めに寝て準備はバッチリなんだから。」
ああ、と陽平は思い出す。
そういえばエリーは、夕食の席でそんな事を言っていた。
「じゃあ、今日は見てます。」
「楽しみにしといてよ!」
エリーが湯を沸かす。
鍋に水を張ったら、魔法でポン、だ。
便利だな。と言うか、良く竈を作ろうと思ったな。
陽平はツッコみたくなる気持ちを抑えて見守る。
ぐらぐら沸騰している所にソーセージを入れた。
あー!せっかくのプリプリソーセージが破ける!
声が上がりそうになるのをぐっと堪える。
茹だったソーセージを、油を引いた鍋で炒める。
これは火を使う様だ。なるほど、魔法は使い分けるんだなぁ。
うん、バッチバチ油が跳ねている。
油は引かなくて良いんだよー……
陽平は、エリーが料理する間ハラハラし続ける事になった。
しかしながら、慣れない様子で懸命に料理する姿は非常に微笑ましい。
しかも、これがエリーだけでなく、自分の為でも有るとなると、なんとも。
「幸せだなぁ。」
ばっ!とエリーが顔を上げた。
「でしょう!分かったでしょう!」
「ええ、昨日エリーが言っていた意味が分かりました。」
胸の辺りがほかほかと温かい。
陽平も台所に入り、皿に焼き上がったソーセージと、魔法で時短にしたのだろう、ソーセージの茹で汁で茹でた野菜を受け取り、黒パンを添えて運ぶ。
エリーは牛乳入りのカップを持って続いた。
野菜もソーセージも見た目は少し不細工だったが、なんだかとても美味しかった。
自然、頬が緩む。
対して、エリーは眉を潜めた。
「なんか……ちょっと違う……」
「えっ?何がですか?」
「なんかヨーヘイが作ったのと違う。」
「そんなことないと思いますけど。」
「……今度料理を教えてよね。……師匠!」
グフッ!
陽平の鼻にソーセージの欠片が入った。鼻の奥が痛い。
「勿論です。」
陽平は涙目で、しかし笑顔を作って応えた。
「で、学校の話よね。」
エリーは魔法学校について説明を始める。
まず、魔法学校は7年制。
一般的には、8歳から通い始めるそうだ。
しかし、魔法使いの素養が遅れて発現する場合があり、特に就学の年齢制限も無く、大人になってから入学することも可能との事。
1年目はほぼ読み書きと計算の勉強に費やされる。
魔法を使うにも、呪文を刻むのにも、必要最低限の知識だからだ。
貴族や裕福な商家の子であれば、読み書きと算術はそれまでに終えるが、学校に通う子どもたちの家庭環境、経済状況は様々だ。
例え貧しい家柄であっても、魔法さえ使えれば、門戸は開かれる。
一定以下の経済状況であれば、教科書や筆記具なども支給される。
国にとっては、魔法が使える人材はそれだけ貴重であり、国民にとっては、魔法の才能は大きな財産だ。
2年目からは、本格的に魔法の授業が始まる。
まずは座学が中心との事。呪文についてもこの時期から学び始める。
前述のとおり、裕福ですでに1年目の内容を習得済みの者は、2年目から入学できる。
交友関係を広げたい者や、復習したい者は1年目から入学することも有るが、特権意識からそれを忌避する家もあるとのこと。
3年目から、座学に加えて、魔法の演習が始まる。
まずは自身がどの様な魔法を使用しやすいか、分析するところから始まるとのこと。
例えば、火を扱いやすい、水を操れる、風や天候に働きかける事が出来る、など。
単一の属性に秀でている者も居れば、複数そつなく熟すタイプも在り、個性豊かで特に縛りはないらしい。
まあ、エリーを見ていれば、色んなのがいるんだろうなあ、とは推測できる。
……で。
「まあ、この3年目の時に、大ポカをやって、街を出たのよねえ。」
そう。
学校の話となれば、嫌でもここに関わるわけだ。
「だから、私がきちんと把握しているのはここまで。
ここから先は聞いただけなんだけど、7年目は城内や魔法騎士団、それから、魔法の……政策?管理?をやっている様な所とか、自分の進路に合わせて実習を少しづつ始めるらしい。
その後は、そのまま就職したり、魔法を活かして全く別の商売をしたり、薬局を開いたり、更に2年間上級の魔法を学んで、研究職として学校に残る事も出来るみたいよ。」
なるほど、一口に魔法使いと言っても、存外選択肢の幅は広そうだ。
「入るとしたら、2年目かしら。」
「……すみません、俺、まだ読み書きがかなり不安なので、1年目から通いたいです……」
8歳に交じっての学習はかなり恥ずかしい気がするが、飛び級した癖に基礎が無い方が肩身が狭い。
「エリーはどうぞ飛び級してください。エリーだけなら、3年目からでも良いでしょうし。俺は俺で基礎から学びます。俺が元の世界に帰る方法は、空き時間等に一緒に調べましょう。」
うん、なんだか希望が見えてきた気がする。
それに、実は最近翻訳首輪に頼り切りだったので、この国の言葉を学ぶいい機会だ。
「そうね。じゃあ、お互い頑張りましょう!そうしたら、早速明日にでも申請に行きましょうか!」
2人で頷き合った。
2人は恋仲では無い。




