師匠との生活7日目:猪肉のベーコン
まだ昼時まで時間があり、ちょうどエリーも出てきてくれたので、猪肉でベーコンを作ることにした。
冷蔵庫内の物はひとまず置いておいて、防腐庫の物を取り出す。
塩を満遍なくたっぷり擦り込み、エリーに時間を早めて貰う。
「どのくらい?」
「うーん、とりあえず5日くらい……?」
陽平も作り方を知っている訳ではなく、結局城下町でも教われなかったので見様見真似だ。
ザワークラウトが発酵するのがそのくらいの期間なので、それ基準で。なんの根拠もないが。
5日後の状態になった猪肉は少々水分が抜け、皺が出来始めていた。
これで良いのだろうか。もう一声?
「……あと2日くらい……」
1週間経った。先ほどより締まった気がする。まだ不安だが、腐ったら怖いのでこの辺でやめておく。
うーん、このままで良いんだっけ。
大分塩を擦り込んだが、ベーコンに其処まで塩辛いイメージが無い。
陽平は悩んだ挙句、塩抜きすることにした。
これも、エリーに時間の進行速度を調整して貰えるので、時短で出来る。
「今度は乾燥させてください。」
竈に乾き切っていない薪をくべ、フック2つに前回のロースト鳥で使った麺棒を渡し、そこから乾燥猪肉をぶら下げて、燻製を始めた。
うーん、これで本当に合っているんだろうか。
竈からもうもうと煙が上がる。
「うわっ!ゴホッ!煙い!ちょっとヨーヘイ、薪が生乾きじゃないの!」
「すみません、煙が出ていないと意味が無いんですけど……」
涙目のエリーが腕を振って室内の煙をすべて煙突に送り込むと、竈に手をかざした。
次の瞬間、ガラスの壁が出来た様に煙が竈の中にたっぷり留まり、出口は煙突のみとなった。
あ、これ、燻製の正しい在り方の様な気がする。
「で、これはどのくらい続けるの?」
「うーん、中に火が通るまでなのかなあ。」
「よし、早く終わらせるわよ。」
エリーが手をかざすと、煙の循環が目まぐるしくなる。
時間を進めているようだ。
「火は通ったわよ!」
程なくエリーから声が上がる。
「じゃあ、火を消して、煙も全部外に出して欲しいです。」
煙の中から、艶のあるキツネ色の塊が姿を現した。
香ばしい良い香りがする。
グキュールルル……
2人の腹が鳴る。
「ええと、ありがとうございました。燃えカスをいったん片付けて、昼食の準備を始めます。」
薪を取り出し煤を掃きながら、陽平は少し後悔する。
今度は外でやろう。
新しい乾いた薪をくべ、昼食の準備に取り掛かる。
ジャガイモを茹で、穀物粉を混ぜて拳大にまるめ、再度茹でる。芋団子、“KartoffelKnödel”だ。
茹でる間に、人参や玉ねぎなどを大きめに切って蒸す。
キャベツと玉ねぎ、それから先ほどのベーコンもいくらか削いで入れ、軽く炒め、水を足し、スープを作る。
うーん、今日は手が込んでいる。頑張った。うん。
陽平は自分を褒める。
待ちきれないのか、エリーは陽平が料理する間ずっと見ていた。
つまり、手抜きと見られたくなくて、つい張り切ってしまった。
ベーコンを厚めに切り出し、焼いて再度熱を通し、表面をカリッとさせる。
エリーは特に何も言わず、出来た物から食卓に並べていった。
「うーん、幸せだわ。」
席に着いた途端、エリーが口を開いた。
「まだ食べてないから美味しいか分かりませんよ。」
「美味しくたって不味くたって構わないのよ。そういう問題じゃないの。」
「ふうん。」
「今度は私が何か作るから見ててよ。分かるから。」
「エリー料理下手なんでしょう。」
陽平が笑いながら突っ込むと、エリーはむくれてしまった。
「すみません、からかってみたかっただけです。とりあえず食べましょう。」
陽平は、日本での習慣で、まずは野菜とスープを口にする。
(肉や米を先に口にすると、休憩室で一緒に食べている同期の看護師に冗談交じりに説教されたのだ。)
「ちょっと!ヨーヘイ!早く肉!食べて!」
エリーに催促されナイフを入れる。
じゅわり、肉汁が染みだす感覚がある。
口に入れると、燻された香ばしい匂いと猪の野性味溢れる香りが鼻に抜け、肉の旨味がいっぱいに広がった。
「んー!美味しい!」
「でしょう!これは凄いわ!ヨーヘイ凄い!」
「いえ、エリーの魔法のお陰です。」
「あはは、共同作業ね!」
あっけらかんと言ってのけたエリーに、陽平は、酷く照れ臭い気分を隠してそうですね、と同意した。




