夢の終わり
夢を見ていた。
長い夢を。
まるで御伽噺の様に魔法が実在する世界で目が覚めて、命の危機を乗り越え、美女と暮らし、魔法を使う夢。
自分の憧れを詰め込んだ様なその世界で、自分はいつも心を躍らせ、笑顔で過ごしていた。
なんて都合のいい。
結局はいつも他人任せだ。
変わりたい。世界が変わればいいのに。誰でもいい誰かが、神様なんかが居て、自分を、世界を変えてくれればいいのに。
ああ、情けない。
体の感覚が戻り始める。
四肢が重い。体が痛い。
上手く寝返り出来ていなかったのだろうか。
寝覚めは良くなさそうだ。
ああ、目を覚ましたくない。
目を開けたらまたいつも通りの毎日が待っている。
ああ、でも。
あちらの世界では、自分でも信じられないくらい積極的に行動していた気がする。
そして、その積極性は受け入れられたし、それで世界を変えるような発見も出来た。
“普通”に家事をしていた時だって、師匠は笑いかけてくれていた。
“普通”で“つまらない”人間だと思っていたけれど、自分にもそれなりに価値があるのだろう。
陽平の胸が熱くなる。
ただの夢だけれど、これは“ただの”夢じゃなかった。
これからは、もっと自分を見て、周りを見て、自信を持って生活してみようか。
それから、ちょっとだけ積極的に行動してみよう。
面白くなるかは分からないけれど、この話を小説にでもして投稿してみようか。
久しぶりに、家族にも電話してみよう。
陽平は、眠る前より少し明るい気持ちで目を開けた。
「ああ゛ー!!!良かったあああああ!!!!!魔法当てちゃったかと思ったあああああああ!!!!!」
目の前には、涙でぐしょぐしょのエリーの顔が有った。鼻水が顔に落ちる。汚い。
「え……師匠……?夢じゃ……」
「もおー!!!!!猪倒したら倒れるんだもんー!びっくりさせないでよお!ヨーヘイ前に居たし、魔法が当たっちゃったのかと思って心配したんだから!」
ごしごしと目を拭いながら、エリーは陽平を責める。
徐々に記憶を取り戻していく。
そうだ、自分は狩りをする為森に出て、巨大猪に出会い、魔法を失敗し、エリーに助けられた。
その上、目の前で生き物の命が絶えるのを見て、血を被った途端、気を失ったのだ。
うわあ、俺、凄い情けない。二度まで命を助けられて、自分が狩るとか言いながら気絶して、心配かけて。
ここまで運んでくれたのもエリーだろう。
しかも、自分が今寝ているのはエリーのベッドだ。
陽平の顔に朱が走る。
「……すみません。」
色々と全部。
そんな気持ちを含めて謝ると、逆にエリーが焦りだす。
「そ、そこまで落ち込まなくて良いよ!生きてるのは分かってたし!」
陽平は苦笑を返す。
「猪も持って帰って来たのよ!すぐ処置しないと臭くなるから、内臓抜いて冷やして解体してもうばっちりよ!」
エリーは通常運転だった。
陽平は少々落胆する。心のどこかで、自分の為に泣くエリーの姿に喜んでいたらしい。
そりゃ付きっきりで看病してくれたとは思っていなかったけれど、猪肉の方が優先順位が上だったなんて。悲しい。
「……せっかく命をいただく訳ですもんね……。よし、心配かけたお詫びに料理します。」
「やったあ!」
あれ、もしかして猪肉を料理出来ないから泣いてた訳じゃないよな……
疑いながらも陽平は夕食の準備に取り掛かった。
猪と言うとぼたん鍋しか知らないが、ここにはかつお節だの顆粒出汁だの鍋の素になりそうな物は無いし、醤油も無い。
食べたことは無いけれど、鍋に出来るってことはとりあえず煮込めばいいだろう。
しかも、猪って豚の原種じゃなかったっけ……
「骨って残ってますか?」
「残ってるけど……食べるの……?」
エリーは腕を振って骨を招き入れた。
陽平は、鍋に水を張り、洗った猪の骨を入れて火にかけると、エリーに時間を速めるよう頼む。
「10倍速くらいになりますか?」
1分ほど下茹でし、一度湯を捨て水洗いし、また水に入れて、玉ねぎ、生姜を加えて火にかける。
水面にどんどんアクが浮き始める。
差し水をして沸騰させないようにしつつ、陽平は丁寧にアクを取り除き続ける。
「臭いい……これ大丈夫?こんなの食べるの?どんなに煮ても骨は骨よ!」
15分程で、黄金色の立派な出汁が出来ていた。
初めてで、テレビか何かで見たうろ覚えのやり方で作って、この出来って俺才能あるんじゃないの。
必死に魔法で換気するエリーに声を掛ける。
「時間の速度を元に戻してください。」
スープを濾すと、日本酒の代わりに白ワイン、みりんの代わりに蜂蜜、塩で味付けし、薄切りにした猪肉をネギや人参とともに煮込み始める。
鍋か。鍋なら、食卓でも煮たいなあ……
「……テーブルに、呪文を刻んでもいいですか。」
「いいけど、何するの?」
「楽しみにしててください。」
テーブルに“燃えない”、その上に置いた木の板に“燃える”、更に、小さめのもう一枚の板に“燃えない”と“浮く”と言う呪文をかけ、燃えだした木の板の上に浮かせてその上に鍋を乗せる。
陽平は、目をきらきらさせて見つめるエリーに鼻高々だ。
白菜が無いのでキャベツを切って投入し、黒パンを添えて食卓に着く。
「さあ、食べましょう!」
火が大きすぎて鍋肌を回り込むので結局エリーに調整をお願いしたが、その日の夕食は賑やかだった。
鍋初体験のエリーは、食卓で調理が続く鍋の仕組みや、2人で料理をつつくのが本当に楽しそうで、陽平も温かい気持ちで食事を続けた。




