師匠との生活5日目
「怒られたー」
「いや、だって汚いしあれで問題ないと思ってたのがびっくりですよ。」
きちんと顔を洗って戻ったエリーに陽平は投げ掛ける。
えへへ、とばつが悪そうに笑うエリーに苦笑しながら、料理の温めを頼み、二人は食事を始めた。
「水道管はどうなりました?」
「そう!成功したの!」
エリーは輝く様な笑顔で応える。
「鉄管全部の成分を変えるとなると、全体に魔法を刻まないといけなかったんだけど。表面に膜を作るくらいなら、入水口と、念を入れるとしても出口に刻むくらいで良いのよね!呪文に触れた水が魔法を運んでくれる。水を介して自動で表面を強化出来るの!」
陽平も嬉しくなり、にこにこと聞いていた。
「ありがとう。」
「え?」
「思いつけたのはヨーヘイのおかげ。これは凄い発明よ!国に売り込めるレベルの!」
陽平はなんだかむず痒い心地がして、しかし誇らしくも思った。
「……ヨーヘイはやっぱり国に帰りたいの?」
突然の問いかけに、陽平は戸惑う。
「昨晩、シャワーを浴びて寝ようと思ったら、寝言が聞こえて。『ばーちゃん』って。」
かぁ、と頬に熱が集まるのを感じた。
なんて恥ずかしい。三十路にもなってホームシックか。
いや、ホームシックと言うよりは罪悪感が大きいのだが、心まで15に若返ってしまったのだろうか。
「当然よね、自分の意思で家を出た私と違って、拐われて、全く知らない所に放り出されたんだもの。」
「あの、帰りたいは帰りたいんですけど……」
交通手段を用意されれば帰れる、という問題では無いのだ。ここが元の世界と繋がっているのかすらわからない。
今、陽平は、今出来る事をして、ここで生きていける様になる他無い。
「協力する。ヨーヘイが帰れるよう。国も探しましょう。」
エリーの誠実さが温かい。この人になら、打ち明けても良いだろう。
「俺は、多分、この世界の人間ではありません。」
「え?」
今度はエリーが驚く番だった。
「俺の世界には、魔法なんてありませんでした。いえ、物語の中には有りましたし、民間伝承なども有りましたが、大抵作り話だとか眉唾物で、実際に魔法が使われている、と言うことはありませんでした。」
エリーはバカにすることなく、耳を傾けてくれている。
「なんとなく、食べ物だったり、服装だったり、元の世界と似ているところはたくさん有るんですけれど。魔法や、この森の動物が、異世界だって明らかにしている。」
「つまり、世界中探しても、あなたの国は見つからないって訳ね。月や太陽にある国を地上で探すのと同じ事になってしまう。」
「その通りです。月や太陽なら、見えているからまだマシなんですけど。」
苦笑しながら陽平は応える。
やはりエリーは聡明だ。こんなに突拍子も無い話を、一度聞いただけで深く理解してしまった。天動説の時代にすんなり地動説を受け入れたような物だ。
「俺に、魔法を教えてください。俺の問題、なんて言うと傲慢に聞こえるけれど、自分の事だから、俺自身でも何かしたいんです。流石に、俺1人でなんとかなるとは思えないんですが。エリーとなら糸口が見つかる予感がします。……師匠。」
「もー!師匠はやめてって言ったのに!まぁ良いわ。じゃあ、あなたを弟子にしてあげる。でも、魔法の勉強以外では師匠はやめてよね。」
エリーは苦笑しながらも受け入れた。
朝食を食べ終えると、さっそく魔法の授業を開始する事になったのだった。




