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30歳童貞、魔法使いの弟子になる~チートなのは俺じゃないのか~  作者: 東野月子
30歳童貞、魔法使いの弟子になる~チートなのは俺じゃないのか~
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師匠との生活5日目

 結局、その後陽平はしばらく寝付けず、すっきりしないまま朝を迎えた。


 陽平の頭を悩ませていた点は4つある。


 まず、陽平がこちらの世界に来ることとなったきっかけが思い当たらない。

 前日のセルフ誕生日会以外に特に変わったことはなく、家の中に居て、事故や事件など“異世界転移・転生もの”で目にする不慮の死は考えにくい。こちらに来た際周囲に人の影は無く、その後の城下町でも人探しやトラブルの影も無く、“召喚された”と言うのも除外して良さそうだ。となると、自分は何故ここに居るのか。


 二つ目に、陽平がこちらに居る間、向こうの世界はどの様な状態に有るのか。

 体ごと飛ばされたのだとすると、行方不明と言う形になるだろうし、魂のみの移動だとすれば、向こうの身体は遺体となっているのだろう。自分の死体を想像して、寒気が走った。

 そして、どちらにしても、その発覚はいつか、と言う事だ。


 異世界に転移したと思われる日は仕事は休みだった。つまり、一人暮らしの自分の不在もしくは死体がその日のうちに見つかることは無いだろう。

 となると、仕事を無断欠勤することになる次の日か。欠勤は本当に心苦しい。病棟はどうなっているだろうか。しかし、例えばその日休んだとして、非難轟々だとしても、家にまで様子を見に来るだろうか。居宅が病院に近かったとは言え、例えば体調不良と推測されたなら、1日くらいで人を寄越すか。正直、無断欠勤の経験が無いので分からない。

 死体が残っていたとして、今は春だった。少々温かくなってきていたし、あまり酷くなる前には出来たら発見して欲しい。


 そして、家族や友人の心配だ。

 それぞれ離れて暮らしていたとは言え、一時的に会えない事と永遠に会えない事は全く異なる。当然だが。

 両親や妹どころか、祖母まで置いてきてしまった。

 陽平には、愛されて育った自覚が有った。怒られた事が無いとか、金銭的に自由だったとか、そう言う事ではない。

 両親が家に帰れなくても、祖母が面倒を見てくれていた。温かい食事を用意してくれた。何か仕出かせば両親にこっぴどく叱られたし、進路でも何でも、意見が対立すれば激しく言い争いになったが、時間が立って気が付いた。両親のエゴや偏った考え方が有ったにしろ、自分を心配し、真剣に向き合ってくれていたのだと。正直、人に注意したり、真剣に争うと言うのは疲れるものだと働き出して実感した。

 両親や妹は何とか乗り越えてくれそうだが、祖母はどれだけ悲しむだろうか。体を壊してしまうのではないか。



 恩返し出来ていないなあ。



 ポツリ、寂寥感が胸に落ちた。


「おあーよー……」


 陽平が昨夜のことを思い出していると、エリーが起き出してきた。

 考える内に時間が経ってしまった様だ。

 まだ朝食の準備に取り掛かれていないが、心なしかエリーも眠そうだ。

 のろのろと歩いて行って着席すると、そのままテーブルに突っ伏してしまったので、時間の猶予はありそうだ。

 陽平は、黒パンを数枚薄く切り、牛乳を用意すると、昨夜の残りのロースト鳥肉と付け合わせの野菜をそのまま卓上に置く。

 うん、手抜き中の手抜きだが、今日くらいは許されるだろう。うん。常に気を張っていたらどこかで綻びが出るものだ。うん。

 自分に言い聞かせながらエリーに声を掛ける。


「おはようございます。せめて顔を洗ってきましょう。」


 エリーの肩を揺り動かすと、やっと起き上がり、台所に近寄って行った。

 と。


 バシャッ


 カウンターも飛び越え水の塊が飛んできて、エリーの顔に命中する。


「は!?」


 ボコボコボコボコ……


 水中に気泡が発生する。


 そして、ゆらゆら揺れたかと思うと、水の塊は徐にエリーの顔を離れ、水場に移動し、流れていった。


「よし!食べよう!」


 え、あれで顔を洗ったつもりなのか。ボコボコしてたのってもしかしてうがいか!?口を濯いだ水を顔に被ってたのか!?

 きったねえ!!


「ちょっ!ちゃんと洗ってきてください!」


 つい声を荒げた陽平の頭からは、一時的にすっぱりと、考え事が消失した。

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