師匠との生活4日目:新たな不安
「そう言えば、この翻訳機を汎用化させる時って、形はこのままですか。」
「ううん、流石にうちの国の文化を疑われそうだから考えてる。
それね、その道具の周りに魔法を作用させて、発した言葉を伝えたい相手の言葉に変えて、相手から発信された言葉は自分の言葉に変えて、互いの耳に届くようにしてあるの。
だから、出来るだけ頭の周りに着けたいんだけど、女性の髪飾りは良いとして、男性は思いつかなくて。」
「うーん、帽子は?」
「商談の時は取るじゃない。」
「じゃあ、あのサスペンダーの間にある、胸の位置の飾り?は?」
「あれは低すぎ……そっか。サスペンダーの肩の辺りに着ければ!」
エリーはバッと立ち上がる。あ、これ今すぐ部屋に行くやつ……
「……ごめん、ちゃんと食べ終わってから行くから、そんな顔しないでよ。」
思っていたより残念なのが顔に出ていたらしい。鳥肉は元々残りを明日食べるつもりだったから良いとして、エリーはまだスープすら食べ終えていない。
「明日でも明後日でも、エリーが快適に研究出来るようにしますから。」
陽平は笑顔で応えた。エリーが苦笑して着席する。
「ねえ、じゃあ、水道についても相談に乗って。あのね、城下町では、コンクリートと石の水道で広場なんかに水を引いてるのね。郊外では、井戸を使ってる。で、そこから水汲みしてウチみたいに溜めておく訳だけど。」
陽平は驚く。コンクリートが有るのか。そう言えば、ローマ水道とか、世界史で習ったな。
「水道から水を引くのは魔法でどうにかなりそうなんだけど、家に配る管に困るのよね。
石みたいな場所を取るのじゃ難しいし、木だと腐るでしょう。隣の国では鉛を使ってるらしいんだけど、試しに鉛で作ってみたら、なんとなく嫌な感じがするのよねぇ。」
鉛と言うと、鉛中毒が思い浮かぶ。体内への蓄積で、脳神経系や消化器系等に影響が出る。魔法には五感以外を使っていそうだから、エリーは何かしら良くないものを感じ取ったのだろうか。
元々垂れ流しだったり、使う前にしばらく流しっぱなしにすればあまり問題無いとか、硬水ならカルシウムの被膜が出来て鉛が溶け出さないとか聞いたことが有るけれど、使わないに越したことは無いんだろうな、と陽平は考える。
ただ、ポリエチレンも樹脂も提案出来なければ、ステンレス鋼も有るとは思えず、返答に悩む。
「うーん……鉄とかどうですか。」
錆びるかもしれないが、カルシウム被膜で腐食を防げる可能性もある。
「それも考えてね、鉄片の時間を早めて実験してみたんだけど、やっぱり悪くなっちゃったのよねぇ。オレンジ色になって、なんだか毒々しかったし。」
「魔法で強化出来ないですか?」
「この家の分くらいは出来るけれど、城下町全体ではね。私だけでは賄え無いし、魔法を刻むにしても、大量過ぎるししっかり全体に作動するかどうか……国お抱えの魔法使いは頼まれてくれないと思う。」
「水道管に鉄を使う場合、水の中の成分で鉄の表面が覆われて、腐食しないって聞いたことがある気はするんですけど……」
「腐食って、あのオレンジの?え、表面が強化出来れば悪くならないの?!……あ!」
再度、エリーは勢いよく立ち上がった。
一通り食べてくれたし、せっかく悩みが解決した様だから、止めないでおこう。
陽平が、手振りでどうぞ、と示すと、エリーは速足で居室に向かった。
陽平は、残ったメインディッシュを防腐庫にしまうと、食卓を片し始めた。
なんとなく、晴れやかな気持ちだった。
異世界に来てから心に少しずつ堆積していた物が流されてくれた。
自分は、エリーの助けになっている。自分がここに居ていい理由があった。
それは、異世界に来てから、自分が転移した意味やエリーへの負い目について考え続けていた陽平にとって、大きい事だった。
しかし、そこでふと思い出す。
そう、こちらでの居場所を見つけられたのは良いとして。
自分が消えた元の世界はどうなったのだろうか。
またむくむくと大きく膨らんでいく不安の影を感じながら、陽平は支度を終えてソファに体を沈めた。




