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30歳童貞、魔法使いの弟子になる~チートなのは俺じゃないのか~  作者: 東野月子
30歳童貞、魔法使いの弟子になる~チートなのは俺じゃないのか~
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師匠との生活4日目:陽平の役割

 陽平は起床すると身支度を整え仕上げに首輪を着けた。

 昨日エリーが開発してくれた翻訳機だ。


 これの何が凄いかと言うと、会話を訳せるだけに留まらなかった点だ。目にした物の名詞が声となって耳に届くのだ。

 ジャガイモを目にして、“Kartoffel(カルトッフェル)”の様に。


 陽平がそれに気付いたのは、首輪を左に撫ぜて翻訳機能を切ったと思っていた時だった。

 皿を洗いながら、これってこの国では何て言うんだろう、とふと疑問に思った瞬間、高く澄んだハープの様な音色で、小さく(Teller(テラ))と響いた。

 面食らったが、エリーなら元の計画以上の機能をサラッと付加しそうだと思い至ると、キッチンにあった様々な物に問いかけていった。ワイン、竈、鍋、キャベツ……それぞれ自身の名前を答えてくれたが、声が異なっていた。高かったり低かったり、隙間風の音の様だったり、地に響く様な厚みのある声だったり。


 日本で言う付喪神的な物が応えているのか、はたまた単純に、その外見や役割から想起される音が鳴っているのか分からないが、相当ファンタジー色が強い事は間違いなかった。それも、どちらかと言うと子どもに読み聞かせる童話の様なメルヘンな世界だ。まあ最初は少々ホラーだなと感じさせたが。


 陽平は、齢と共に新たな事を覚える力が衰えているのを感じていたが、記憶はあっても脳は若返ったのか、それともやっと転生補正が働いたのか、勿論一度聞いただけでは覚えられないものの、少しずつ単語のストックが増えていった。

 家事の合間に物と言う物に名前を問う。夢中になって勉強した。こんなに勉強に勤しんだのはいつぶりだろうか。

 単語を知っているのと知らないのとではかなり意思疎通のし易さが変わる。

 早速、翻訳機能を切ったまま、エリーに昼食の希望を聞いた。勿論、文になど出来ず、食材の単語を並べただけだったが。


 昼食を準備しながら、それにしても、と陽平は考える。

 4日目にして、既に食事のレパートリーが無くなっていた。

 世のお母さん達は本当に凄い。改めて陽平は実感した。


 元々料理は嫌いではなかったのだが、如何せん忙しかった一人暮らしの頃は、仕事上りは大抵買ってきた惣菜か具だけ変えた野菜炒めかというところで、本腰を入れて料理するのは休日前夜か休日くらいのものだった。

 しかも、食べる人間は自分ひとりなので、適当もいいところ。まずかったらまずかったで仕方ない、と言うスタンスだったものだから。


 毎日三食準備するだけでも骨が折れると言うのに、それぞれが被らない様にしなくてはならないのには非常に頭を悩ませる。

 献立を考えるのは骨が折れるし、日本に居た頃に使っていた調味料が悉く無いのも痛い。香辛料は種類豊富だが、味噌や醤油、カレー粉どころか、欧風文化なら有るものだと思っていたケチャップやマヨネーズも無い。あれはどこでいつ頃出来たのだろう。とりあえず油と塩胡椒と酢をメインに味付けているが、サラダの味にすら困る。


 しかも、この“酢”も実は本来用意されていなかったものだ。

 栓が抜かれたまま放置されていた白ワインを発見し、臭いを嗅いだところ刺激臭がした。腐敗臭では無く、濁りやカビも見て取れなかったので舐めてみたところ、見事な酢の味になっており、腹も壊さなかったものだから、これ幸いとそのまま使用し始めてしまった。

 ドレッシングに酢を使用しても疑問に感じる様子すら無い無頓着なエリーに不安を覚えるが、知られる訳には行かない秘密だ。


 陽平は、昼食の準備ついでにザワークラウトを仕込んだ。美容オタクの看護師の友人から教わったもので、キャベツの千切りを2%の塩で揉み、瓶詰めにして乳酸菌発酵させた漬物だ。

 手軽に生野菜の栄養を摂れ、乳酸菌も摂れるので健康に良い、と勧められ、日本に居た頃作っていたものだ。その頃、朝食の準備が面倒で菓子パンばかりだったものだから、取り出すだけで野菜を摂れるザワークラウトには大いに助けられた。

 量りが無いため塩の分量が分からずきちんと発酵してくれるか多少不安ではあるが、これが出来たら付け合わせを考える手間が省けて非常に楽になるはずだ。


 昼食は、キャベツと薄切りにした豚肉を油、ニンニク、塩胡椒で炒めただけのものだった。主食はエリーの希望で、ジャガイモにした。茹で、潰し、牛乳を混ぜたものだ。早速手抜きになってしまったが、エリーは美味しいと食べてくれた。


 今日は昼食を摂りに出てきたが、今日も今日とてエリーは魔法道具の開発に勤しんでいる。

 台所の水場に水道を引けないか模索中だ。

 陽平は、何を洗うにも桶で水汲みの往復をするのが面倒で、エリーに衛生面・耐久性とも強化してもらった狼の腸をホースにして、サイフォン方式で水瓶から汲み出し始めたのだが、それを見ていたエリーが、水道を引くことを思いついた。

 長期で使用するなら別の素材が良いのではと言う事と、庭の小川から引いてみようと言う事で、頭をひねらせている。

 街にも各戸に引かれた水道は無い様で、広場に引かれた上水道や井戸から汲み出している。もしエリーが近代的な水道を開発し、普及出来たら、きっと街の発展に大いに貢献するだろう。陽平は、やっぱりエリーは凄い、と感心しながら昼食の片づけに勤しんだ。

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