師匠との生活3日目:翻訳機
次の日から、エリーは翻訳機の作成を始めた。
昨夕帰宅後、陽平は、これからは翻訳の魔法を切って会話して欲しい、とエリーに提案したのだが、学校で習った下地によってなんとなく意思疎通出来た英語とは違い、この国の言葉は文法どころか単語すら何を意味するか判別出来ず、身振り手振り以外では全くやり取りが成立しなかった。
とりあえず今日の昼前まで試していたのだが、見かねたエリーが、翻訳の魔法を外付けハードにするという方法を思いついたのだ。
陽平が勉強するにしても、その魔法道具の機能を点けたり切ったりすれば大いにその助けになろうと。
魔法の開発を愛するエリーは、水を得た魚の様にその道具の構想をまくしたて、一秒も無駄には出来ないと部屋に籠ってしまった。
陽平は、昼食を摂らずに制作活動に入ってしまったエリーの為にサンドイッチを用意しながら、考える。
多分、エリーならそれほど時間を要さず翻訳機を開発してしまうだろう。それを使い始めれば、自分はそれに頼りきりになってしまうかもしれない。ただでさえエリーに頼りきりなのだ、気を引き締めねば。
ノックをしてエリーの居室に入ると、目をぎらつかせて机に向かう姿が目に入る。何やら木の板に文字や図形を刻み込み、それを削って消してはまた刻んでいる。木屑だらけで、これが終わったら掃除させてもらおう、と思いながら、陽平は黙ってサイドテーブルにサンドイッチと野菜スープを置いた。
陽平が洗濯や掃除を終え、夕飯の支度をしながら過ごしていると、バン!と勢いよく扉が開いた。もう夕刻だが、“まだ”夕刻だ。まさかもう完成させたのか。
エリーがきらきらとした顔で陽平に迫る。
「これ!着けてみて!」
それは革で出来た首輪だった。
なんだこれ木の板を削りまくってたのは何だったんだよ。そしてこれを着けるって変な勘違いをされそうなんだがエリーは俺をどう思ってんだ。陽平は、ツッコミたいのを必死で我慢して首輪を受け取り、素直に首に巻く。
「右に撫ぜてみて。Können Sie meine Worte verstehen?」
言われた通り、首輪を右手で手前に引くように撫ぜる。
「私の言葉を理解できますか?」
陽平は目を丸くする。解除は逆の動作をすれば良いだろうか。
「Lob mich!」
なんとなくこれは分かった。陽平は、再度首輪を右に撫ぜて応える。
「ありがとうございます。エリーは本当に凄い。」
エリーは輝く様な満面の笑みを浮かべた。
陽平は思わず見惚れる。
「あの、今日はロールキャベツを作ってみました。」
つい話を逸らしてしまったが、エリーは気を悪くする様子も無く食卓に着く。
陽平は料理を並べてから自分も着席した。
「そう言えば、昼食ありがとう。あれのお陰で一気に片付いたわ!」
「いえ、あのくらいしか出来ませんし。」
エリーが眉をしかめる。
日本人は謙遜したがるが、外国人からすると褒めたのを否定されることはあまり良い印象ではないと聞いたことがある。それに卑屈に映ってしまったかもしれない。陽平は慌てて言葉を紡ぐ。
「でも、お役に立てて良かったです。俺も、この道具のお陰で勉強が捗りそうです。改めて、ありがとうございます。」
エリーはふわりと微笑み、食事を開始した。
「んー!今日も美味しいわ。玉ねぎとお肉って最高ね。ソースもコクがあって美味しい。」
本当に幸せそうに食べるなあ。
陽平も胸が温かくなるのを感じながらフォークを手に取った。
余談だが、食事を終え、エリーがシャワーを浴びる間に、陽平は許可を貰って木屑の掃除をした。
木屑は勿論のこと、散らばった雑貨や衣類、溜まった埃を発見してしまったので、エリーの居室掃除も陽平の担当となった。
コールルラーデ




