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30歳童貞、魔法使いの弟子になる~チートなのは俺じゃないのか~  作者: 東野月子
30歳童貞、魔法使いの弟子になる~チートなのは俺じゃないのか~
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プロローグ


 


 サワサワ、葉が揺れる音がする。

 何の鳥の声だろうか。スズメかなあ。チチチ、チュイチュイ、爽やかな朝だ。

 あーあ、もー、仕事行きたくないなあああああ……





「ッ!?」


 男は、横たわる背の下の下をごそごそと這いまわる無数の気配に、跳ね起きた。

 シーツの下に何かが居る!


 しかし、開けた視界に飛び込んだのは自室では無く。

 そこには鬱蒼とした森が広がっていた。

 尻の下にあるのも当然布団などではなく、動き回る気配の主であろうものに思い至って、男は慌てて立ち上がった。


「うわっ、うわあああ、あ、え、ここどこだよ!」


 辛うじて靴下を身に着けているものの、直に近い形で落ち葉を踏む現状は、虫嫌いには耐えがたい。

 何の意味も成さないように見えるが、軽く飛び上がる様にして交互に足踏みを繰り返す男は、必死に思考を巡らせる。


「え、誘拐か?事件?これ事件か?事件に巻き込まれた?

 え、昨日何してた、俺。え、普通に仕事行って、普通に帰って来て、普通に飯食って、風呂入って、寝た。よな。

 靴下履いて寝る派で良かった、本当、靴下履いてて良かった。靴も履いて寝ればよかった。靴欲しい。靴欲しい!

 いや、あれだ、いつもと違う事、何した、あれだ、ケーキ食った。そうだケーキ買ったぞ!

 どこだ、いや、コンビニだろ普通に。仕事帰りだもん。そうだよ、俺、」


 ブツブツと早口で呟いていた男は、徐にばたつかせていた足を止めた。

「俺、今日誕生日だったんだよなあ。」


 本日は、男の記念すべき30歳の誕生日だ。

 気を利かせた上司が、今日を休みにしてくれた。が、彼女無し一人暮らしの平日休みに予定などない。

 前日仕事帰りにコンビニでケーキを買って、夕食をちょっと豪勢にして、骨付きチキンなんて用意してみて、深夜零時を回った瞬間ろうそくを消してケーキを食べる、というロマンチックなんだか寂しいんだか分からないことを一人で実行するといううすら寒い事をして寝た記憶がある。


 そうだ、昨夜はセルフバースデイパーティをしたのだった。


 別に、彼女いない歴=年齢という訳ではない。


 普通に小中高と公立の共学校に通って、普通に恋をして、イケメンではないけれど、頑張って告白してOKを貰えるくらいにはコミュニケーション能力も有った。


 就職するまでは、半年くらい続いた彼女も居た。専門学校の1年間片思いして、実習のレポートや国家試験の勉強を口実に近づいて、半年かけて仲良くなって、ようやく付き合った。

 ただ、勇気が無かった。

 そりゃあ、せっかくお付き合いしているのだから、「そういう事」もしてみたかった。

 好きだからこそ、触れたいと思った。

 でも、そういった欲求を露骨に異性に見せる事がなんとなく格好悪く思われて、そして、下手を打って「そういう事目当て」だなんて思われるのが怖くて、タイミングを計る内に就職して、お互い時間も無くて、心の余裕も無くて、自然に疎遠になってしまった。


 そこからは仕事の忙しさと、職業柄、学生時代に輪をかけて実際の異性と理想の隔たりを目の当たりにする内、お相手探しを諦めて、現状もむしろ快適に思えて落ち着いてしまっていた。

 潔癖のきらいがあるもので、どこそこではこの金額でここまでしてくれて~なんて話を耳にしても、性を金で満たすという行為に嫌悪する気持ちが強いし、それ犯罪なんじゃないの?とそんな話をしている人間を責めたくなるし、体だけ頼むなんて考えられなかった。

 そうして気づけば30年。

 有体に言えば、30歳童貞の完成である。


「童貞のまま三十路になって、誕生日に誘拐されて、どんだけツイてないんだよ。」


 落ち込みながら冷静になった男は、ふと周囲の空気が目覚めた時と異なることに気づいた。

 自分以外の気配がする。そして、無数の目はこちらに向いている。


 瞬間、考えるより先に体が動いた。

 目の前にあった太い幹にしがみつき、硬い樹皮に傷つくのも厭わず上を目指す。

 それを合図に大型犬の様な影が一斉に男に飛び掛かった。

 左足に走った強烈な熱さにも構わず必死に四肢を動かし、気付けば5階建てのアパート程の高さに居た。

 眼下には、こちらを見上げる獣の群れが居た。四つん這いのままで、自分の背丈程の大きさに見える。


 ッハ、ハァ、ハ、ハァ、フ、


 自身の荒い息と鼓動が耳に響く。


「っの、野良、犬…?でっ……か過ぎ…だろ……狼?日、本、っに……?」


 息が整わない。体は思ったより軽かった。しかし木登りだなんて、田舎とは言え住宅街で育った男はさほど経験がなかった。まして、これ程差し迫った命の危険にさらされたことなどあるはずもない。

 ポタポタと汗が滴り落ちる。

 寒気が全身を覆う。

 狼は木を登れるのだろうか。

 動きが止まると左下腿外側からジンジンとした痛みが広がって来て、目をやるとそこに二筋、赤黒い液体が噴出す様があった。

 喉元に嫌なものがせりあがってくる。


 ッパァーーーーーーーーーン!


 乾いた破裂音が森に響いた。

 真っ白な光に目を瞑ると、ふわ、と重力から解放される。

 体が浮く感覚には一瞬気持ち悪さと不安感を覚えたが、何故か助かったと直感した。

 温かい。

 何も状況を掴めないまま、男は意識を手放した。


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