猫の独白
目の前の男は本当に不思議な男だ。
名を影山と言うのだが、私には理解できない行動を度々行っている。
私が寝ているとこの男の部屋から、薄気味悪い唸り声が聞こえてくるのは一度きりのことでは無い。今も私の目の前で手に万年筆を持ちながら唸っている。思えばこの男はよく唸る男である。
私は幾度となくこの男に注意をしてきた。唸り声を迷惑に思って、というのももちろんあるが、なによりこの男は不健康なのだ。三日三晩飲まず食わずというのが可笑しいのは私でも分かるし、放っておくと何をしでかすか分からない。だから、この男が部屋から出ない時に飯を食べさせるのは、私の仕事と言っても過言ではないだろう。現に、よくこの家にやってくる編集者なる男も私に頼んできたくらいだ。
この男との出会いは、私が河川敷で飯を探していたときのことだ。一日中私のことを見ていたのは今でも謎である。この男が私を見つけてから五日程経ったある日、飯を片手に私に近づいてきた。はて、今まで眺めるだけだった男がどういう風の吹き回しだろうかと、その時は思ったものだ。この男は飯を渡すと、距離をとってやはり私を眺めるだけだったが。この男はその日から毎日私に飯を渡すようになった。そんな日が続くうちに、いつの間にかこの家に住んでいた。
私がこの家に住み始めたころは、この男もまだ唸っていなかった。規則正しく飯を食べていたし、万年筆を持つこともなかった。当然、編集者なる男も来てはいなかった。だが、似合わぬ眼鏡をかけ、よく分からぬ本を大量に読んでいたし、毎日どこかに出かけていた。謎の行動は昔からだったか。
二、三年程前から、この男はまた不思議なことを始めただした。ある決まった日に、私の小屋の前に白い綺麗な花を置くのだ。私が花が好きではないと知っていながらだ。しかも、飯は今までと違う場所に置きだすしまつ。それに、私が呼びかけても反応しなくなった。不思議で悲しいことばかりだ。
この男が私の相手をしないから、今では私がこの男を眺めるばかりだ。始めて会ったときは、この男が私を眺めていたというのに。しかし、眺めるだけしか出来ないのは悲しいことだ。目の前で唸る男に注意することすら出来ないのだから。きっと、どんなに声をかけても、この男は気づかないのだろう。そんな確信がある。
擬人化作品を書き終えると、いつもコレジャナイ感に襲われる作者である
曖昧な終わりから脱却したい毎日