僕と堀口闘志 上
堀内闘志。
現役大学生の20歳。殺人鬼である。
「……あれ? いつも少し前置きがあってからの衝撃の事実!って感じなのに今回はやけに初めから飛ばしますね、神童さん」
「いや、あいつに関しては大学生ってことぐらいしか普通じゃないから、しょうがねえんだよ」
「どんな振る舞いしたらあなたからそんな風に見られることが出来るんですか……。異常すぎますよ」
二つ名は『破壊者』。団での役割は『破壊』を担当している。
また、殺人業界では『邪悪の塊』と言われているらしい。殺人業界……。一生関わりたくない業界だ。
「破壊担当って何するんです?」
「主に敵の武器とか本拠地を破壊してもらってる」
「へぇ。殺人鬼っていうぐらいだからどんどん戦う人なのかと思いました」
「あいつに戦わせるとだめだ。意味もなく殺しまくるからな」
「あー……。なるほどそういうことですか」
「めちゃくちゃでかいチェーンソーが武器で、いつも持ち歩いている。最近ここらへんで『活動』してるみたいだぜ。よかったな、今回は見つけやすくて」
「……なんか会いたくなくなってきた」
殺人鬼に会いたい人なんているわけがない。それに学校で噂までされる人だ。相当やばい人なのだろう。
「そうだ。団長であるあなたから説得しておいてくださいよ。これから新入団員があいさつしに行くから殺さないでね、って。さすがにそのくらいはできるでしょう?」
「はっ! 無理だな!!」
「今までお世話になりました。短い付き合いでしたが」
「待て待て待て! ありきたりな感謝の言葉とともに立ち去ろうとするな! この団から抜けたら闇一とも会えなくなっちゃうんだぞ!」
「別に抜けても会うことはできますよ。てかこの前闇一さんから『一緒に抜けない?』って誘われましたよ?」
「なんだと!?!?」
「しっかりしてないといつか裏切られますよ……」
ちなみに正確には『駆け落ちしない?』と誘われた。テレビで見たドラマ番組に影響されたらしい。駆け落ちは恋人のやるものだ、と思ったらしく、普通にデートに誘うようにそう言ってきた。
全国の恋人たちが駆け落ちしてたら、いろいろとカオスな状況になりそうだけど……。
案の定ちょっとずれてる闇一さんだった。
「わ、分かった分かった。電話して何とか説得してやるよ」
神童さんは携帯を取り出し、電話を始めた。
「もしもし、久しぶりだな。……いや、殺しの依頼じゃないよ。……待て切ろうとするな。いいかよく聞け……いやよく斬れじゃない。逆にそれ以上斬り刻むな。いつもお前は無駄が多いんだから」
あまり話が前に進んでいない。
帰ろうかな。
「あ、待て、帰るな。いやこっちの話だ、気にするな。それよりこれから新入団員がお前にあいさつに行く。……そうそうこの前俺がスカウトした奴。そいつが行くんだけどさ、殺さないでやってくんない?……強さ? まぁまぁ強いぜ。……いや、待て待て、さっき殺さないって言ってたじゃん! 約束守んないのは人としてどうなんだよ?……俺は人じゃなくて鬼? いや、そういうことじゃなくてだな!」
そこまで言ったところで電話は切れたようだ。神童さんは首を振って僕を見るとさわやかに言った。
「だめみたいだな!」
「今まで」
「だからすぐ帰ろうとするな! あとどんだけ俺に感謝の言葉を伝える気だ!?」
「本当に役に立ちませんね……。じゃあせめてついて来てくださいよ。手を出されそうになったら守ってください」
「いや、今日は友達と映画を見る約束が」
「団長変われ!!!」
ことごとく役に立たない団長だ。おそらく史上最強に役に立たない。なぜリコールされないのだろう。そしてなんて理由で断るんだこの人は。
「……わかりました、もういいです。僕は別の手を打たせてもらいます」
「待って! 抜けないでくれぇ!」
「抜けませんよ。てか抜けられても文句言えないでしょう?……団長が頼りないんで、別の頼れる人に同行してもらいますよ」
「そしてその頼れる人に私が選ばれたというわけね」
「すみません。面倒くさいことをさせてしまって」
まぁ僕は当然同行者に闇一さんを選んだ。別に光崎さんでもよかったのだが、たぶん、というか絶対来てくれないだろう。あの人の潜伏場所ここから遠いし。
それに単純な『強さ』なら団長である神童さんをも超える闇一さんがいれば、かなり安心できる。
これほど心強い恋人を持っている男子は、世界中探しても俺くらいだろう。
「というか本当に神童さんより強いんですか?」
「まぁそうね。10戦やって7勝3敗だから強いってことになるのかしら?」
「じゃあ闇一さんが神鳴団の中で最強なんじゃないですか?」
「まぁ普段はそうね……」
「普段?」
「赤谷君と同じ年の子で、チートみたいな能力持ってる子がいるのよ。まぁそのうち会うから楽しみにしてるといいわ」
チートみたいな能力。
闇一さんにそう言わせるのだからよほどすごいものなのだろう。早く会ってみたいものだ。まだ知らない少年を想像し、少し愉快な気持ちになった。
「いたわよ赤谷君。ほら、あれあれ」
唐突に闇一さんがそう言った。指が示す方向を見ると確かに、いた。
20歳にしては少し小柄な男性。そしてその肩には、持ち主の身長の約二倍の大きさのチェーンソーが担がれていた。
というかそこにいることに気付けなかった。神童さんとあれだけ気配を読み取る練習をしたのに、全くわからなかった。ただし気づいたら殺気をビンビン感じる。こんな鬼に一般人が遭遇したら腰を抜かすだろう。そう思うのに十分な、確かな迫力を持った人だった。
この人の強さもまた違う種類だ、と僕は気づく。神童さんの場合、底が見えない不気味な強さ。闇一さんは静かではっきりとした強さ。光崎さんは僕でも理解できるが、彼にしかできない確かな強さを持っている。しかし、堀内さんは本能で強さを放っている。何も考えず、本能の赴くままに戦う。あふれ出る殺気を隠そうともせず。
まるで自分のすべてを相手に見せながら戦っているようなものだ。
「おう、お前が強い新入団員だな」
「……こんにちは、堀内さん。僕は」
「闘志と呼んでくれ。苗字は普通すぎて好きじゃない。お前は赤谷月人だな」
闘志さんは早口でそう言った後、続けて僕に言う。
「じゃあ月人、俺は殺しあう気満々でいたんだが、団長は駄目って言うし、闇一が見張ってるんじゃどうもできないからな、いいことを考えた」
闘志さんはすらすらとしゃべる。
「普通に組み手をしよう。大丈夫だ安心しろ。俺は普段はこのチェーンソーを使ってるが組み手が出来ないわけじゃない。それに闇一に審判についてもらって、危なくなったら止めてもらえばいい。俺はあくまでお前の強さを体感したいだけなんだ」
それを聞いて僕は闇一さんをみる。闇一さんは
「あなたの判断に任せるわ。大丈夫、危なくなったら私が絶対助けるから」
と言ってくれた。
本当に頼りになる恋人だ。そしてかっこいい。何回惚れ直せばいいのだろうか。
僕は闘志さんの方に向き直った。
「わかりました、挑戦を受けます」
そう言い切る前に闘志さんは動いていた。飛び上がり、落下しながらのパンチを繰り出してくる。
どうやら我慢できなかったようだ。
僕がそれをかわす。
と同時に、僕と殺人鬼との絶対死なない闘いが、始まる。
そしてこれは神童の思惑通りの展開だった。