僕と光崎弓矢 下
乗り気でかっこつけてクマ退治に協力することになった僕だったが、クマがどんな動きをするのかなんて知らないことに気付いた。そして目の前にいるクマが自分の知っているクマじゃないことにも気づいた。さらに自分が武器を持っていないのにも気づいた。
結論。
「僕逃げていいですか! 光崎さん! クマに素手って自殺行為ですよね!?」
「弱音吐くな。どうせ逃げられねぇよ。あいつはほかの個体と比べてかなり凶暴だからな」
バキバキと木をなぎ倒しながら僕たちを追いかけてくるクマを見ながら、光崎さんは言う。
「それに素手だからって、そんなの言い訳だぜ? 団長ははこんなの余裕で倒すからな。あの人目指したいならこのくらいやらないと」
「ほんとに人間なのかあの人!?」
そこでいきなり光崎さんは振り返り、ライフルを構えてクマに向かって発砲した。
放った弾は綺麗にクマの額にヒットする。が、クマは少しひるんで止まっただけだった。額から血を流しながらまた僕たちを追いかける。
「確かクマって弱点額でしたよね?」
「あぁ。弱点やられてあの反応はさすがにおかしい。やっぱ改造されてるみたいだな」
「改造……」
「動物実験の成れの果てだ。最近よくあるんだよ」
「あんまりいいもんじゃないですよね」
「まぁ、俺らも殺そうとしてるわけだがな」
僕が何か反論する前に、また光崎さんが銃を構えている。今度は散弾銃だ。よく見れは光崎さんの背中には、いろんな種類の銃がたくさんある。
「でもライフルで無理なんじゃ散弾銃なんか」
「殺すだけが狩猟じゃねぇ」
光崎さんはそう言って、またクマの頭めがけて発砲する。しかし今度は散弾だ。ひるませることもできないだろう。
しかしクマはひるんだ。
散弾が何発か目に入ったのだ。目を抑えて悲鳴を様な声を上げるクマ。
「こんくらい少し考えればわかるだろ」
「はぁ、確かにそうでした。すみません」
「罰ゲームだ。ちょっとクマの額殴ってきてくれ」
「ちょ」
「お前さっきから役に立ってないだろ。それくらいやって来い。少し知りたいことがあるだけだ」
そう言って光崎さんは僕をつかみ、クマの方に僕を投げた。
めちゃくちゃだ。
だが役に立っていないのも悔しいが事実だ。神に祈る思いでクマに向かって駆け出した。
右手を腰の位置に置き、力強く握る。腰を回し溜めを作りながら左手で狙いを定める。
そして、血がにじみ出ている部分にかぶせるように、渾身の正拳突きをクマの額に叩き込んだ。
骨の折れる音がした。クマの頭蓋骨を折ったのかと思ったがもちろんそんなわけはない。
自分の拳の骨が折れたのである。
まずい。当分部活はできそうにない。大事な時期なのに。
「てか痛い痛い。後から地味な痛さが」
「来るぞ!」
前を見るとクマが腕を振り上げ、僕に向かって薙ぎ払うように振ってくる。
慌てて頭を下げる。後ろで木が折れる音がする。
僕は後ろに下がりながらクマの様子をうかがう。よろよろしているから少しは聞いているらしい。
「ナイスプレーだ。あとは任せろ」
後ろから光崎さんの声がする。素早く弾を詰め替え、撃つ。またクマの目にヒットする。
その瞬間、クマの動きが明らかに弱々しくなった。
「筋弛緩剤を調合した弾だよ。血液に触れるとすぐに作用する。俺特製だ」
僕の疑問に答えるように、光崎さんがそう言った。そして背負っていた残りの一つの銃を取り出す。
「これは空気銃ってやつだ。その名の通り空気の力で撃つものなんだが、これも俺特製でな。押し出す空気の量がほかのと比べてけた違いなんだわ」
解説しながら腰を落とし、踏ん張る光崎さん。
そして撃った。するとまるで大砲のような爆音が聞こえたがと思うと、次の瞬間にはクマの体が木っ端みじんに飛び散っていた。
僕は唖然とする。銃で撃ったとは思えない威力だ。弾が上を通った地面はえぐれているし、かなり離れていた僕も風圧を感じたほどだ。
「ほんと威力は素晴らしいんだけどな」
光崎さんが撃った場所より4,5メートル離れたところで仰向けに倒れている。どうやら売った衝撃で吹き飛ばされたらしい。近くに銃の残骸が転がっている。
「撃つと体は痛いし銃はすぐ壊れるし。だからあんまり使いたくないんだよな……。」
そしてむくりと起き上がり、僕を見る。
「おう、どうだった? 初めての狩りは? 楽しいだろう?」
僕は笑いが込み上げてきた。抑えきれずに「あはははは」と笑う。そして言った。
「こんな命を賭けたゲームが、楽しくないわけないでしょう!」
神童さん。ほんとにあなたは役に立たない。
この人は……とても面白い人だ。
僕は久しぶりに心の底から笑った。しばらく笑いが止まらなかった。
そんな僕を光崎さんは無表情で、面白くなさそうに見つめていた。
翌日学校に行くと、右手が包帯でぐるぐる巻きになった僕を見て、横山と中田が悲しそうな目で俺を見てきた。
「赤谷君……。闇の力? それとも光?」
「赤谷。辛いことがあるんなら俺に相談しろよ。何でも聞いてやる。
「待て待て待て。純粋なケガだ。あとそんな目で俺を見るな」
よく勘違いされる僕である。中田まで言うのだからしょうがないと割り切ろう。
「じゃあ何でこんなことになってるの? 事故った?」
「いや、うっかり扇風機に手を突っ込んだら手がミンチになってしまってな。当分部活が出来なくて困っているところなんだ。全治1週間の重傷だ」
そんなことを言って何とかごまかした僕だった。
山を出ていくとき時、僕は光崎さんに質問をした。
「なぜあんな簡単に倒せたんですか? 最初ライフルで額を撃った時、ほとんど聞いてなかったじゃないですか。いくら威力が強くても、あの頑丈なクマが木っ端微塵にまでなるとは思えません」
「だからお前が調べたんじゃねぇか」
光崎さんは当たり前のように言う。
「お前が殴った時の音だよ。筋肉にはじかれた音がした。骨と筋肉とじゃ音が違うからな。あの音であのクマが頑丈な理由は筋肉という鎧があるからだと分かった。後はわかるだろ?」
「筋弛緩剤の弾で筋肉の働きを弱らせ、鎧をはがし、そこに1発撃ち込む……」
「鎧をはがす……。悪くない表現だな」
という感じで、と光崎さんは続ける。
「これが俺の戦い方だ。団長や闇一を見てからじゃ少し物足りないかもしれんが……。力のない奴は武器や頭に頼って戦うしかないからな」
「いえ、とても参考になりましたし楽しかったです。また来ていいですか?」
「役に立つんならな」
「頑張ります」
僕は笑って立ち去ろうとして、「あ」ともう一つ、聞きたかったことを思い出す。
「光崎さんには、この世界はどんな風に見えているんですか?」
その問いに、光崎さんは相変わらずつまらなさそうに、当然のように答えた。
「綺麗に見えてるに決まっているだろ」
それがなんでも見える男の答えだった。