僕と闇一凛 上
闇一凛。
『神鳴団』の団員であり、神童と同じ高校3年生。そして2人しかいない女性団員のうちの一人。とても整った顔立ちをしており、スタイル抜群。加えて超クール。『綺麗』の擬人化のような存在である。
しかし------------
彼女の呼び名は「悪魔」。そして団での役割は『特攻兵』。神明団が行動を起こす際、先陣きって1人で敵陣に突っ込み敵を一掃した後、神童率いるほかの団員たちが続くというやり方がほとんどらしい。なので警察も暴力事件の際特別に出動する専門組織、『暴力撲滅グループ』も対策を打つことはできる。
「そんなの無意味だけどな」
神童は喧嘩の稽古の休憩時間に僕に言う。
「あいつは強すぎる。単純な戦力や強さで言ったら団員の中でも最強レベルだ。あいつとタイマンで喧嘩したら俺でも勝てる自信がねぇ。だからいくら対策しても止められるわけないんだよ」
「……そんな人間がいるんですか」
僕は数日前、少しではあるが神童の喧嘩を見た。少し見ただけで素人でも彼のすごさが理解できた。パンチで普通に人が吹っ飛び、自分より1周りも2回りも大きい男に連続スープレックスをかましたり、回し蹴りで1発KOだったり。何より相手の攻撃を全く受けなかった。フットワークの良さが異常なのである。
……あれより強い人がいるのか。しかも僕の2歳上の女の子である。
「ところで彼女はどんな人間なんですか?面白い人間なんでしょう?」
もともと面白い人間と出会えることを条件に仲間になったのである。
「……あー」
神童は困ったようにうなった。
「あーあーあーあー、うー」
「うなりすぎだろ」
「いやぁ、あいつは面白いというかなー。確かに変わった人間ではあるんだが」
「?」
「あいつ、男という存在を憎んでるんだよ。だから会えても話してくれるかわかんないぜ」
「……いいじゃないですか、そういうの」
僕はそう強がる。
「会って話してみせますよ。何か学ぶことができるのなら、変わったことが体験できるのなら。そういうことですので連絡先を教えてください、神童さん!!!!」
「知らん!!!!」
「ほんとに団長なのかあんた!!!!」
使えない団長だった。
不快。
男に対して私が持つ感想はそれだけだ。そしてそれだけで十分だ。見た目によって来る馬鹿な生き物。この解釈のどこに一体間違いがあるのだろう。
『団長』にしたって違う種類ではあるものの不快感を持っている。つかみどころがなく、全く手ごたえがない。
だから団長から新しい『男』の団員が来るといわれたとき、私は入れないでほしいと反対した。しかし、あの人が他人の意見を聞かないことはもうわかっていたためすぐにあきらめた。
(…でも、あの人があんなに興味を持つなんて。いったいどんな変人なのかしら)
気持ち悪い視線を感じたため、私は速足で駅に入り人ごみに紛れた。どうせどこかの男がじろじろ見ていたのだろう。
(まぁ関わらなければいいだけの話よね。変な視線で見てきたら殺すだけだわ)
高校1年生なので余計心配だ。
私の家はこの電車の終点なのでどんどん人が降りていく。最終的にラケットバックを背負った少年と向かい合う形になる。
(新しい団員もこの子と同じくらいの年よね)
その子は何か考えているらしく、ずっと宙をにらんでいる。まだ私の方を見ていないでくれている。
気づかれる前に早く電車から出ようと電車から急いで出ると「すみませーん。落としましたよー」と後ろから声をかけられた。振り返ると、さっきの男の子がこちらに駆け寄ってきて「はい、どうぞ」と袋を差し出す。確かに私のものだった。
「あぁ、どうもありがとう」
男に助けられたことを後悔しながら受け取る。受け取る際にその少年の手に触れないように気を付ける。
が、その必要はなかった。
少年の方が触ることを避けたのだ。上から落とし持ち手を私の指に引っ掛けた。私は当然驚く。そんなことを私はされたことがなかったからだ。
それに彼の視線も全く気にならなかった。そのことに逆に違和感を感じる。
「ちょっとあな」
「お~いそこのねぇちゃ~ん」
反射的に少年を呼び止めようとしたとき、後ろからいかにもガラの悪そうな男が話しかけてきた。
(こんな時に…。ほんと邪魔しかしないんだから)
こんなところを見られたらあの少年に逃げられてしまう。
そのときーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とても心地よい風が私の横を通り過ぎた。
男の方を見るとさっきの少年が、男の懐に潜り込んでいる。
少年は勢いをつけ、男の腹に右の拳を叩き込んだ。男が体をくの字に曲げる。その瞬間、少年は素早く男から少し離れ、下がってきた男の頭めがけて回し蹴りをくらわせる。男は後ろに吹っ飛び、見事頭から着地すると鈍い音を立てて、動かなくなった。
少年は何でもないように体勢を立て直した。そして「とりあえず後先考えずに行動してみたけど…、これで楽しくなるのかなぁ。いやならないよなぁ」と意味不明なことをつぶやいている。それから「あっ」と言ってこっちを見る。
「大丈夫でしたか?」
その瞬間私は理解した。
少年はまっすぐ私の目を見つめていた。少しも視線をそらさずに私を見つめる。
外見なんてまるで見えないかのように。
その濁りのない綺麗な目は本当に私を見てくれていた。
「……あのー大丈夫ですか?」
「あなた、人を見た目で判断する人ってどう思う?」
「?…まぁ最低だと思いますよ。世の中そんな人間ばかりですけど」
「じゃああなた自身はあなたはどうなの?」
「そうならないように努力してはいます」
そういって少年は笑う。私なんかよりもよっぽど綺麗に。
「僕は自分を含め、人間というものが大嫌いなんで。できる限り好きになりたいんですよ」
「……そう。それはいいわ。とてもいい」
そして私は当たり前のようにこう続けた。
「ところであなた、私と結婚してくれない?」
人生で初めて抱いた恋心を彼女は不器用に、しかし精一杯、その少年、赤谷月人に伝えたのだった。