僕と堀口闘志 下
「出来れば手合わせさせて、ってどういうこと?」
闇一は赤谷と合流する前、神童から電話で連絡を受けていた。
「そのまんまの意味だ。本気の殺し合いはさすがにまずいけど、組み手ぐらいなら大丈夫だろう。お前もいるんだから」
「なんでそんな危ないことさせないといけないの? あの殺人鬼相手なのよ? 殺されないなんて保証できないんじゃ」
「だからそうなったらおまえが止めてくれ」
相変わらず適当だ、と闇一は呆れる。
「あいつはもう充分強い。やはりセンスがある。これだけ短期間であんなに強くなるとは思わなかった」
だが、と神童が続ける。
「いくらセンスがあろうとも、戦いになれていなければ実践で使い物にならない。そのためには俺だけが相手をしてもだめだ。闘志のように殺気に溢れている奴を相手にすることになれないと、殺し合いじゃまともに動けない」
「なるほどね・・・・・・。考えは分かったわ。けど危なくなったら遠慮なく止めるから」
「構わない。出来ればこの組み手で殻を破ってほしいものだ」
神童はそう言って、楽しそうに笑った。
そんなことは知らずに、僕は現在闘志さんと戦闘中である。
(・・・・・・強いッ!!)
始まってすぐに分かった。スピードにはかなり自信があったのだが、それですら互角だった。パワーはもちろん闘志さんの方が圧倒的に上だ。コンクリの壁を普通に砕いている。そのせいか拳はかなり負傷しているようだ。
だかまるでひるまない。躊躇なく拳を振るい続ける。
対する僕は受け流すのに精一杯だった。当たったらただでは済まない。
(まずはスピードになれないと・・・・・・!)
スピードだけが頼りだ。連打して押すしかない!
「そのスピードは大したモンだが軽すぎんよ」
「・・・!!」
僕の連打を気にせず突っ込んできた。
(岩みたいに硬い・・・・・・!)
「ぐっ・・・・・・」
鳩尾を思い切り蹴り上げられた。体が浮く。そのまま後頭部を掴まれ、壁に叩きつけられた。
「がはっ・・・・・・!」
「なかなかタフじゃねぇか。伊達に鍛えられてねぇなぁ」
「・・・・・・僕としてはもう気絶したいくらいなんですけど・・・・・・ね!!」
体を捻って闘志さんの手から脱出し、距離をとる。何とか意識は保てている。あれだけ叩きつけられてまだこんなに考えられるとは、僕もずいぶんおかしくなったものだと思う。
(だめだ。このままじゃ戦いにもならない)
僕は全集中力を足に集める。
(もっと速くしないと・・・・・・。置きざりにするくらいの勢いで)
(速く・・・・・・強く!!)
地面を、蹴る。
僕は一瞬で闘志さんまでたどり着きーーーーーーーーーーーーーーーーーー通り過ぎた。
「お、とっとっと」
「ん? まだ速くなるのか?」
闘志さんは楽しそうに言う。
「確かに速いけどよ。反応できる速さじゃそれを武器には出来ないぜ? 武器にするには」
次の瞬間、闘志の目の前に拳が迫っていた。
「・・・・・・!!」
すんでのところで上半身をそらす。いつの間にか後ろに少年がいる。その目を見て闘志は確信した。
(この少年は俺のような殺気ではなく・・・・・・獣のような威圧感があるな。俺じゃなければ足が竦んでいたかもしれないほどすごい)
それにしても、速すぎる。
何段階上があるのか。それとも成長し続けているのか。どちらにせよ興味深い。
殺したくなるほど、興味深い。
「楽しくなってきましたね。闘志さん」
「あぁ、実に楽しい」
少年の問いに、闘志がそう答える。少年はとても楽しそうに笑っていた。今までずっとボコボコにされていた人がする表情ではない。
「まだ、僕は速くなります」
「そうか、その調子だ。俺は真っ向からそのスピードを打ち破って見せよう。かかってこい」
少年は笑う。闘志も笑う。
そして少年は獣のように吼え、闘志は鬼のように叫び、同時に目の前の敵に向かって飛びかかる。
「ふん、まぁまだこんなものだな。充分殺せる。予想は越えてくれたが」
闘志は倒れている赤谷の頭を乱暴につかみ、闇一に向かって投げる。丁寧に受け取る闇一。
・・・・・・
「なぁ悪魔さん。随分その少年を大事そうにするが、お前確か男に触りたくもないとか言ってなかったか?」
「この人は別よ。恋人だもの」
「恋人か。それはめでたいな」
闘志はあまり驚かない。興味がないようだ。
「それより強いわね、赤谷くん。邪悪な殺人鬼であるお前を一回驚かせるなんて」
どうやら闇一は、赤谷以外の男の事をあまり丁寧に呼ばないらしい。
「まだ強いとは言えない。俺じゃなくても殺せた。それじゃあだめだ」
「それはお前の願望でしょう? 充分強いわよ」
「強さの象徴みたいなお前が言っても、説得力ないが」
闘志はしばらく黙ったあと、ぼそりと言った。
「・・・・・・こいつには可能性がある」
「え?」
「俺は俺より強いやつがいても別に構わない。殺せればそれでいい。どれだけ実力で負けていようと、殺せれば俺の勝ちなのだから。お前も俺なんて、チェーンソーを持っている状態でも半分くらいの力で倒せるが、お前は俺より速く殺せない」
俺が殺せないのは団長だけだ。
闘志はそう言って、赤谷を再び見る。
「こいつも俺が殺せない存在になるかもしれない。そうなるのが楽しみだ」
「・・・・・・殺させはしないわよ。私が守るもの」
「やってみろ」
闘志はチェーンソーを担いで、暗闇の中に消えていく。
「俺はいつかその少年を殺しにいくぜ。そのときは殺人鬼として、チェーンソーをつかってな」
闘志は鬼のような言葉を残してーーーーーーーーーーーーーーーーーー消えるのだった。