想い
「ここは王座、お前の座る場所ではない!」
国明は扉を開けて王座に腰掛けていた女をにらみつけた。後ろに、聖斗と魔央が続いた。
桐はそんな騎士達をまるで女豹のように横目で品定めしていた。そしてゆっくり立ち上がると口の端を持ち上げた。
「ならば誰の場所だという?多くの地を強奪し、血に染め上げてきたものの場所ではないのか?なら今、最もふさわしいのは私だろう?」
「自分のしてきたこと、少しは分かってるようだな。だが、残念だ!そこは我々、国民のもっとも敬愛する人の席だ。」
「戯言を。あの美しいだけの中身のない娘など、この国の統治者になりえない。私が統治者になってやるよ。ありがたく思え。」
尊大な桐の態度に聖斗が淡々と返した。
「中身がないかどうかは、俺たちが一番良く知ってる。お前が判断することではない。」
「はあ、五月蝿い・・・。耳元で蚊が飛んでるのかね。蚊は殺さないと後が大変なんだ。たくさんかまれて、痒くてねえ。」
声と共に扉がひとりでに勢いよく閉じる。魔央が最悪の際の逃げ道として魔法で開こうとしたが、扉は開かなかった。
「私はね。昔から騎士が大嫌いなんだ。大義名分ばかり掲げて、自分達と対立するものはまるで虫のように殺してゆく。そんな奴らが。だから今日は私があんた達に虫のように殺された人たちの思いを直接叩き込んであげるよ。」
桐の笑い声とともに王の間の至る所から炎が吹き出した。
「う・・・。はぁ・・・。」
美珠の顔からは脂汗が流れ落ち、顔面蒼白だった。
「頑張って美珠様。」
相馬が懸命に美珠を起こす。しかし美珠の目にはもう何も見えていなかった。前に何があるのかも分からない。耳鳴りしか聞こえない。
それでもただ今は前に進みたかった。
襲ってくる魔物を全て珠利と孝従が追い払っていた。
廊下や階段には何人もの騎士が死んでいた。
「・・・ありがとう。」
遺体を見つけるたびに相馬は騎士の目を閉じさせてやった。
「初音・・・うまくいったかな・・・。やっぱり加勢してあげたほうがよかったかな。」
「加勢は要らないってあの子が言ったんだ。自分の兄を信じると。だから置いてきた・・・。今更悔やむなよ。」
「偉そうに、ヒヨコのくせに。」
初音を光東のところへ置き去りにしたことに悩む珠利は相馬の頭を一度殴ると足を止めた。
頭上から何かが破裂する音と、地鳴りがしたためだ。
珠利が慌てて孝従を見る。孝従は珠利の視線に気が付き一度視線を美珠に向け、彼女の状態を確認した。
「おそらく桐の魔法だろう。・・・先発隊が無事だと良いが。」
孝従は正面から飛んできた鳥のような緑の魔物を簡単に斬る。
珠利はあまりの激しい衝撃に若干慄きながら美珠視線をうつした。
もう意識がなくなりつつあり、顔が既に死人の様な色をしていた。
「死なないで。」
そう呟くと珠利も襲ってくる魔物を斬りすてた。
『もうここまでくれば、大丈夫だろう・・・。』
昨日祝言を挙げてやっと夫婦になれた大好きな人の背にずっとおびえて隠れていた。
『お前はこの峠をこえて走れ!』
『え?でもあなたは?一緒じゃなきゃやだ。一人で無理だよ。』
『桐・・・。あいつらは不老の秘術を求めて戦いを仕掛けてきた。でも、あの術だけは人に渡しちゃいけない。不老なんて本当に生きようとするものに必要ないんだから。・・・俺はこの偽の巻物を持ってあいつらをかく乱する。その間に逃げろ!いいな!』
『いやだ、生きるのも死ぬのも一緒だもん!』
すると男は優しく桐のほほを優しくなで抱きしめた。
『俺は・・・今、お前と一緒には死にたくない。五十年後、六十年後なら喜んでお前とともに棺に入りたかったがな。でも今はお前に生きてほしい。生きて生きて生き抜いて・・・、それから幸せを掴んで欲しい・・・。』
そういって優しく口付けると男は走り出した。
桐も追いかけようと走り出した。けれど、男は振り向くと怒鳴った。
『強くなれ!強くなって生き抜け。俺の分も・・・。村のやつらの分も・・・。』
必死に首を振った。
『やだ、一緒に行く!私は何年あなたに片思いしてたと思ってるの?十二年だよ!ずっと見てるしかできなかったの!やっと夫婦になれたの!』
『俺だって、お前と祝言を挙げられるって決まった時、どれだけ嬉しくて幸せだったか!でも俺は族長だ、逃げることは許されない!村と共に戦い滅びる。でも、お前は、お前だけは二人で一緒に死ぬことよりも、生きていてほしい。』
『いやだああああ!一緒に死ぬ!一緒に!離れたくない!』
桐は精一杯叫んだ。
愛する夫の背中がどんどん小さくなってゆく。
けれど、彼の想いがわかるからこそ、もう走ることは出来なかった。
それからずっとその場所で村から皆殺しを知らせる黒煙があがるのを膝を抱えてじっと見ていた。
(あの人の願いをかなえるために、生きる・・・。どんなことをしてでも、生きる!)
黒煙を見ながら誓った。
それを守るため何年も何年も生き続けてきた。
あの人の為に、あの人の願いをかなえるために。そしてあの人を私から奪った国を落とすために。
それから百十五年、夫の顔もぼやけ、もう本当の自分の顔も思い出せない。
あれから何人もの男をだまし、時折政治の舞台にも出てきた。けれど、何処までいっても満足するということはなかった。
自分の中の人間の気持ちは夫を失ったときにすべて捨てた。
孝従も私と同じ、紗伊那に国を滅ぼされた民族の末裔だった。
まだ自分というものを明確に持ちきれていないあの男を引き込むのは簡単だった。
力を欲していたから我々の一族の秘術で力を与えた。
私の生まれた一族はたくさんの秘術を持っていた。
それゆえ、外交などほとんどせず、山奥で静かに暮らしていたというのに。その力を欲され、滅びた。
竜桧もそう。
出会った頃、誰かに認められたい、誰よりも強い力が欲しいと願っていた。だから復讐の駒として使えるように力を分けてやった。
そう、これは復讐。
正義の味方気取りの騎士、そして、富国強兵という名の私利私欲のために他の民族を排除してゆくこの国への復讐。