兄妹
光東は竜桧のありえない力で繰り出された斬撃を剣で受け止めていた。
それでも力で押され一歩下がると、体が初音にぶつかった。
「お兄様・・・。」
初音はそんな兄を体で支えようとしていた。
「ウザイ・・・。お前ら。」
竜桧は一度二人を睨んだ後、容赦なく光東をけりつけた。
「お兄様!きゃああ!」
光東と初音はその力に逆らえず、壁にぶつかり床を転がった。慌てて光東は初音の姿を確認する。
「初音。」
「い・・・たた・・・。」
初音が動くのを見て安堵すると共に、大切な存在を傷つける竜桧を睨み付けた。やりきれない怒りが体を包んでいた。
「お前は国王側の・・・この国の騎士ではなかったのか!そんな姿で得るものは何だ!」
「何をブツブツ・・・。」
「俺はこんなところで死ねない!俺は騎士だ!この国の誇り、騎士だ!」
光東は立ち上がり、初音の前に立ちはだかった。
「本当にウザイ・・・。国王なんてただの低俗な人間。あんな男、死ねばいい・・・。」
竜桧は怒りに肩を震わせ火を放った。
魔希が作った魔法の防御壁で火は初音には当たることはなかった。
そして竜桧は止まった。
「何・・・。」
竜桧は自分の腹を見る。腹から剣の切っ先が見えていた。
皮膚がかなりの強度を誇る鱗に変わっていたにも関わらず、それを貫くことのできた力は並大抵のものではない。
そしてそれを成し遂げたのはここで死んだ騎士の剣。
それを握っていたのは、暗守。
「いてえ・・・。」
呟くとさらに剣が後ろから押し付けられた。
「ぐ・・・。」
「後ろから・・・攻撃をするなど・・・騎士のすることではないが。」
暗守の声が耳元で聞こえた。
「それでも、この国のためならば、仲間を守るためならばその汚名を喜んで・・・。」
「くっそ・・・。こいつらウゼエ。なんで、こんなウゼエんだよ。」
「お前が鬱陶しいと思うその感情が私には心地いいのだ・・・。」
竜桧は耳を傾けることもなく血を吐いた。
「桐。」
呟く口からまた血が溢れた。
「桐・・・桐。・・・俺、死ぬのか?何だよ・・・いてえ・・・。」
竜桧は傷を押さえながら膝をついた。
そしてその下ではすぐに血だまりが出来た。
「痛てえよお・・・。桐・・・。桐。・・・。」
何度も桐の顔を脳裏に浮かべる。けれどその顔は笑ってはいなかった。痛みに耐え切れず、その場に倒れこむ。
「まだ・・・見てないのに・・・。」
まるで桐に包まれているかのような暖かさ。
「血ってあったけえ・・・。俺死んだら、桐・・・、少しは悲しんでくれるかな。」
「ああ・・・、悲しんでくれるだろう。」
暗守は剣を抜くと、体を持ち上げ、仰向けにしてやりながら初めて竜桧と向き合って話をした。
けれど、もう竜桧は誰と話をしているのか分からなかった。
「なら・・・、いいや。桐の中に俺が少しでも入れたなら・・・悲しくない。」
笑顔を浮かべて静かに目を閉じた。
暗守は竜桧の額をなでると、格好を整えてやった。
「もう少し・・・、お互い話し合えばこんな事にはならなかったのか?」
殺したことに悔いはない。けれど、分かり合えなかったことに悔いが残った。
「お兄様!」
「初音!大丈夫か!」
一方、兄妹は抱きしめ合っていた。
「何でこんな危ないことするんだ!もし死んでたら!」
光東ははじめ怒ろうとしていたが、初音の埃まみれの姿と顔を見て黙り込む。
彼女にとっても戦いだったのだ。自分の気持ちとの。そう理解した。
「・・・ありがとう初音。」
優しく兄の顔をのぞき込む妹を見つめて、光東は初めて自分の気持ちを表に出すことにした。今までの養父に対する遠慮はどこかへ吹き飛んでいた。
「なあ、無事に戻れたら一緒に暮らそうか。」
「いいの?本当に?騎士を辞めるの?お兄様。」
「騎士は辞めない。これが自分の天職だ。だから・・・この国を守り続ける。最高の仲間と。」
光東はそういって暗守の肩を叩いた。
「ただ・・・もう遠慮なんかしない。諦めたりもしない。一度の人生なんだからな。だから・・・幸せになろう?」
「お兄様・・・。」
二人はお互い見つめあい、初めてキスをした。
「さて、行くか・・・。」
暗守が竜桧の傍から立ち上がるとその場にいた全員が頷いた。