死闘
「まさか・・・ここまでとは・・・あの装甲を敗れん・・・。」
光東は頭から流れる血を押さえ、片膝をついた。
「これがあの魔女の力か・・・。」
暗守もまた壁にもたれ、やっとの思いで立っていた。
十数名いたはずの味方の騎士はあと四人しか残っていなかった。だれもが桁はずれた竜桧の力に押されていた。
「これが俺の力?なんだお前らてんで大したことねえな。」
有利にすすむ戦況に竜桧は暇をもてあましているようだった。そして退屈しのぎのように隅にいた国王騎士にかかってゆく。騎士は最後の力を振り絞って戦っていたがやがて倒れた。
竜騎士の竜桧にはもともと竜を操る力があった。そしてその力は魔女の力により増幅し、竜と同化するに至った。
今の竜桧の目は竜の眼と同じ黄色となり、鎧の隙間の僅かに外気に触れる場所である頬には青い鱗のようなものが見えた。
「あの肌もまた竜の鎧の装甲・・・。皮膚とは比べ物にならん強度だ。」
「けれど、あれを貫くしかないのだろう・・・。」
光東と暗守の意見は一致していた。竜桧は二人の話し声に苛ついたのか
「お前ら目障りなんだよな。」
そう言うと竜桧は火を吐く。二人の前に魔希の水の結界が出現し、二人を守った。けれど竜桧は動けない二人の前に立つ。それでも暗守は戦おうと斧を拾い上げた。
「お前あの人食い魔女の正体知ってるのか。」
「・・・お前らこそ桐の何を知ってるんだよ。あの悲しい眼の何知ってんだよ。」
竜桧が言うと。暗守が鼻で笑う。
「人食い魔女に悲しいも何もあるか。人の幸せを踏みにじってきたんだ。」
「何だよそれ、お前、前から気にくわなかったんだよ。人のこと馬鹿にしやがって!」
竜桧は叫ぶと暗守に斬りかかった。
暗守は斧を握り直し受け止めようとした。
けれど竜桧の力が勝り、暗守の斧が折れ、飛んでいった。
そして暗守の兜に竜桧の剣が刺さった。
「暗守!」
光東が叫ぶと竜桧は剣を抜き、一歩下がる。
「どうだ、一瞬だっただろ。痛みもないさ。」
それでも暗守の体は倒れなかった。部屋に重い金属の音が響いた。それは兜が二つに割れ落ちた音だった。
「少しは腕を上げたようだな。」
素顔をさらした暗守の額からは血が流れ出していた。竜桧の剣がかすり、眉間の上がぱっくり切れていた。
「・・・無事か?」
心配そうな光東の言葉に暗守は頷く。
「お前化け物か・・・。」
暗守はお前の方が化け物だと呟き、少しひるんだ竜桧を見据えた。
「っち・・・先に弱ってる方から叩いてやる。」
相手を暗守から光東に変え、光東の方に走っていく。
満身創痍の光東はもう立っているということがやっとだった。光東の脳裏に「守りたい奴」の顔が浮んだ。
(初音・・・。)
それは自分の中に隠してきた報われない気持ちだった。
養子としてあの家に入ったものの、本当は幼いころから騎士になりたくて、十五になると同時に家出同然であの家を出た。
その時の初音は自分にばかり我侭をいう苦手な存在だった。
けれど初音はいつでも、自分に会いに来た。
次第に腕前が上がってゆく手作りのお弁当を持って来ては顔を見て帰った。
団長になって一番喜んでくれたのはあの子だった。
(俺は・・・死ぬのか。初音・・・。すまない。・・・でも、いつも側に居るから、安心してろ。もうわがまま聴いてやれない、ごめんな。)
光東を諦めが支配したその時、
「ちょっと、人のお兄様に何手出ししてんのよ!」
その声と同時に何かが横切った。それは竜桧のこてにはじかれた。
光東は幻聴を聞いたのかとさえ思った。
「何?」
初音が立っていた。手には次の矢を番えていた。
「初音!」
「お兄様!その血は!」
光東が叫ぶ。初音は兄が血まみれだということに完全に我を失い。竜桧めがけて矢を放った。けれどうろこで覆われた竜桧の体に傷をつけることはできなかった。
「何だ?殺すぞ。お前も。」
初音はにらまれ、一瞬怯えた。けれど兄のためにも戦いたかった。
兄を思う気持ちならば誰にも負けないのだから。
初音は息を整え次の矢を番えようとした。
「初音!危ない!」
兄の声だった。眼を上げると竜桧と自分の間に光東がいた。
「お兄様!」