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右側

地面にまるで雨が降ったかのようなシミができた。すぐに土に吸い込まれたそれは水ではない。

血であった。

珠利を庇った美珠の左腕を貫いた際に噴出したもの。

そして今なお美珠の体内から流れ出る血が乾いた土をぬらしていた。

美珠は痛みに一度顔をしかめた。

けれど、同時に思った。

孝従の家族が味わった痛みはこんなものではない。

そう思うと、美珠は歯を食いしばり、自分の腕を貫く剣の柄を握る孝従の手を握った。

自分は彼に伝えなければいけないことがある。

「聴いて・・・孝従。あなたまたお父さんになるのよ、咲さんまた子供が出来たって・・・。生まれるまでに戻ってきて欲しいって。泣いてた・・・。」

「!」

「私は約束したの。貴方を・・・連れ戻すって!お願い!優しいお父さんに戻ってあげて。」

そう言うと美珠は孝従から手を離し、懐から咲に預かった指輪を出した。

それはいつも身に着けていた大切な絆の証。

孝従の動きは止まり、指輪を食い入るように見つめていた。

「咲・・・。」

「帰ってあげて。・・・寂しそうだった。あなたを思い出して縁側を撫でてた。そんなあの人を一人に何て出来ないよ!」


孝従の脳裏に二人で並んで座った夏の縁側が思い出された。

濃い青い空と白い大きな入道雲をただぼうっと見上げていると、いつの間にかいつも右隣に屈託なく笑いかけてくれる咲がいた。

いつ彼女をこんなにも好きになったのかは分からない。

けれど長女麻紀がおなかにいると知ったとき、すでに自分の中の彼女の存在はかけがえのないものに変わっていた。

麻紀が生まれて縁側にいるのは三人になり、やがて五人になった。

けれどそれは一瞬で奪われた。

家を出る日、傷を負い寝込んだ妻に背を向け、一人縁側で剣を見つめていた。

剣に映る自分を見ながら覚悟を決めた。

皆殺しにすると・・・。

王都に行くと再び姿を変えた桐に出会った。

『共に戦ってくれるのかい?昔みたいに飢えた目、してるじゃないか。』

『俺は・・・俺の復讐を果たすだけだ。』

『何でもいいよ。私は、今度はあの姫の体が欲しいんだ。』

『勝手にしろ。魔女。』

武闘大会に乗じ、騎士団長や団員を殺すつもりだった。

そして見つけた憎い国王騎士の長、国明という評判の男はかつて自分が殺そうとした珠以だった。

そしてその珠以の隣には昔のように美珠がいた。

楔を打ち込んでやろう。

そう思った。

美珠を騙しても、珠以を刺しても心は動かなかった。

けれど夕日を見ると毎晩家族で囲んだ食事が思い出された。

小さな円卓を家族で囲んで、自分達で作った野菜を食べる。

子供達は騒いで咲に叱られることがあった。

孝従はその光景が好きだった。自分の親の記憶などない孝従にとれば、それこそが思い描いてきた家族の像に違いなかった。

けれどそれが幸せすぎた分、失くした時の喪失感は耐えられないものだった。

幸せなど自分には与えられないのだ。

過分なものを願いすぎた。

全ては幻。

乗り切るために、そう縁側で割り切ることにした。

けれど人の口から名が出ればやはり愛しさが募った。

咲はきっと探し回ってる。傷ついた体を酷使して。

何度探させればいいのだろう・・・。

「咲・・・。咲!」

妻の名を呼んでさらに恋しい気持ちが膨れ上がった。

縁側でまた二人で子供の名を考えたかった。

「咲・・・。」

孝従は剣から手を放した。美珠はそんな孝従の肩を撫でた。

「帰りましょう・・・。あなたの居場所はあそこですよ。」

咲が自分を駆け回って探さなくても、今度は自分から家へと戻りたかった。

もう、いなくなったりしないと誓えばきっと彼女は許してくれる。

自分の居場所はあの小さな村の小さな家なのだから。


戦意を喪失した孝従を尻目に珠利と初音が慌てて美珠の腕から剣を抜いた。

美珠はその肉を裂く痛みのために耐えられず絶叫した。



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