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思ってくれる人

『こんなの嘘・・・。だって・・・だってずっと一緒にいようって誓ったのに・・・。』

 目の前には愛しい人が倒れていた。前から敵に一太刀で切り捨てられ、その際に飛び散ったであろう血が、土にしみこんでいた。

 そしてその顔は苦しみに満ちたもの。

 必死に顔に触れ、温めようとするがその熱は何の意味も成さなかった。

 その周りにも今まで一緒に過ごしてきた人々の亡骸が転がっていた。

『私、一人で生きられないよ・・・。戻ってきて・・・お願い。あなた、私の所へ・・・お願いだから・・・。』

 遺体にすがりついた。一昨日祝言を挙げて初めて暖かさを感じたのに、今日はもうその温もりはどこにも存在しない。

『あなたあ・・・。』

 その場からずっと動くことは出来なかった。


(・・・今・・・悲しい夢を見ていた気がする・・・。)

 涙が目から零れ落ちていた。

 目が覚めた瞬間、何の夢か忘れてしまった。

 ただ胸の奥に残るのはザラザラした感覚。

(どうして・・・こんなに・・・一人が辛いの?)

 自分は一人。

 この世に一人取り残された。そんな感覚が自分を未だ苛んでいた。

 けれど、視線の先に珠以の寝顔があった。

(警護してくれてるんだった・・・。)

 月の優しい光に照らされたその顔を見るだけで安心してまだざわつく気持ちが少し落ち着いた。

 そうっと手を伸ばして顔に触れてみる。

「ん?どうしました?」

「ごめんなさい・・・起こした?・・・珠以が生きてるって幸せだなあって思って・・・。」

 珠以は目を開いて優しく微笑んだ。

「俺も幸せですよ。美珠様が俺をそんな優しい目で見てくれるんだから。」

「珠以。」

 美珠は自分の寝台から降りると珠以の布団の中に入って珠以の広い胸に頬をくっつけた。

「あったかい・・・。」

「それは反則です・・・。蛇の生殺し・・・です・・・。」

「え?」

「いえ・・・。」

 珠以の心臓があまりにも早くて美珠は珠以の顔を見上げた。

 珠以はあえて視線を反らしているようだった。

「何で目をそらすの?」

 珠以はため息を一つつくと美珠の目を見つめる。美珠は勝ち誇った顔をして珠以を見た。

「ねえ、ぎゅって抱きしめてて。それだけでいいから。」

 珠以は目を閉じて美珠を全身で包み込んだ。

 すべて言うとおりになっても、それでも寂しさが消えなかった。

(この暖かさを失ったらどうすればいいんだろう・・・。)

 少し感じただけでも耐えられない。

 それは地獄。

「どうなさいました?」

「ううん。」

 珠以はゆっくり額をなでてくれた。微笑み返すと珠以も微笑む。

「ねえ、口付けて・・・。」

 珠以の顔が近づいて美珠は目を閉じた。

 ゆっくり唇が合わさった。

 そして薄く開いた唇に珠以が舌を入れた。

 はじめ何か分からなかった美珠であったが、気がつくと少し戸惑い、ほんの少し顔を赤らめてそれを受け入れた。

 恥ずかしい気持ちもはじめだけで、しばらくすると自分の頭の中がしびれて珠以が好きという気持ちしか分からなくなっていた。

 唇が離れるとどちらともなくもう一度軽く唇を合わせた。

「大好き。珠以。」

「ええ。愛してます。これからもずっと・・・。」


「竜騎士・・・団長か・・・。」

 その言葉に空しさを覚えた。竜桧は王城で王座に座っていた。桐の力で操られた竜騎士は先日来の戦闘で激減し、その代わり桐の召還した魔物が王都を占領していた。

「何?いまさら後悔してるの?なら、貴方も向こうへ行く?」

「別に後悔はない・・・。ただ知りたい。桐が何者で本当は何をしようとしてるのか。」

 桐の表情はなにも変わらない。竜桧は桐の隣まで歩いてくると桐の体をなでる。

「そろそろ桐のその悲しい瞳の訳を教えてほしい。」

「・・・聞いてどうするの?貴方に関係ないことでしょう?」

「関係ある。俺は桐が好きだから。思っていた以上に桐が大切だから。」

「嘘ばっかり、貴方は力が欲しいんでし?貴方が欲しいのは私の力。」

「そう、力も欲しい・・・でも。桐の心の方がもっと欲しい。」

「嘘だ・・・。そんな嘘いらない。男は体と、力を与えれば満足するだろう。」

 桐は少し動揺していた。久しぶりに封印していた感情というものが戻ってきたようだった。

「ああ、正直初めて会ったとき、ただ美しい女を抱ければいいと思ってた。俺は美珠様を妻にしてこの大陸で男としての最高位を極める。そんな俺の愛人が一人増えるぐらいだって・・・、でも、王座に座ってみても何も変わらない。何も得た気がしない。何だろうこの空虚感・・・。俺は隣にいる桐の何も得れてないんだ。・・・今は体なんて欲しくない。心が欲しい。桐の本当の心が。」

 竜桧の意志の強い目が桐の揺らいだ心を射抜いた。

「愛してる・・・。一緒に・・・生きていこう?二人で。」

 桐はその言葉を聞くと耳を塞ぎ、座り込んだ。

「どこかで・・・。」

「だめだ・・・それはだめだ!」

 桐は閉じ思いっきり首を横に振ると赤い光を竜桧にぶつけた。

 竜桧の視界は次第に狭まってゆく。それでも桐から瞳をはずすことはなかった。

「あなたには・・・力をあげる。・・・私の僕として・・・。あなたの求めていた王者にふさわしい力を。」

「桐・・・。」

 その場に倒れた竜桧は、桐が落としたたった一粒の涙を見ることはなかった。


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