第五章 覇道
この軍事基地には入場する為の門が三つあるが今は鉄壁の警備体制を敷くために正門しか開いていない。
そこからは隊列を整えた部隊が入場していくのが見えた。
騎馬隊と徒歩部隊が交互に並びそれらが入場し終わるまでかなりの時間を要した。そこからこの隊列の規模がいかに大きなものかが分かった。
父が発見されて二週間。ここには各地に散らばる兵が毎日のように集結していた。
美珠は部屋から出ると、今回入城した隊の長の下へ挨拶に行った。
今の美珠の役目は目下これであった。
「あら、西方将軍!嬉しいですわ。あなたが来てくださるなんて。」
「美珠様、ご無事で何よりです。」
恰幅のよい黒い鎧の中年の男は美珠を見て笑顔を向けつつ頭を下げた。
「ありがとう。」
一度笑顔を向けた後、覚悟を決めたように唾を飲み込んだ。
「あの・・・ごめんなさい。」
「なんですかな。」
「ばあやの・・・こと。」
将軍の妻は美珠の乳母、道代であった。
美珠は助けることの出来なかった申し訳なさで俯いてしまった。あの時もっと早く自分が動けていれば助けられたかもしれない。思えば思うほど大切な人だっただけに悔やまれた。
「いいえ、美珠様がご無事で何よりです。あれはあなたのことを一番に考える人間でしたので、あなたが無事なら悔いはないでしょう。」
「でも・・・ばあやだってまだ若くて・・・したいことだって。」
「今回のことがなかったとしても人はいつ死ぬか分からぬもの。あなたが助けてくださっても、次の日に何かの天災で死ぬかもしれない。ですからあなたが謝ることではありません。」
「・・・ありがとう。将軍。」
きっとばあやにはたくさんの悔いがある。
相馬の成長を影から見守って、美珠の結婚を見届けて・・・隠居して平和な暮らしを。
けれど美珠も将軍も何も言わなかった。
言った所で、割り切ろうとしている彼の傷を、受け止めようとしている自分の傷をえぐることが分かっていた。将軍は大人の笑みを見せた。
「さて、うちの息子きてますかな?この前、城に行くといったきり何の便りもなく・・・。本当にあれはまだ子供っぽさが抜けません。」
「ええ、相馬ちゃんは無事です!助けてもらいました。たくさん。」
「役に立てばよいのですよ。あれはあなたの御世に役に立てたいので。ところで、私を司令部に連れて行ってもらえませんかな?陛下にお会いしたいところですが、陛下はそんなこと願っておられませんでしょうし。私は将軍としての役目を全うします。」
「ええ。お願いします。父もきっと喜びます。」
司令部には六騎士団団長がいたが、将軍の姿を見ると皆頭を下げた。
「状況は?」
「およそ騎士が二千五百名、軍が五万六千名です。」
「ふむ、私が一万五千人を率いてきた。七万か・・・。」
「斥候の話によると、王都の周りを魔法で召喚された魔物が張り付いています。その数およそ五万。」
魔央の言葉に将軍は考える。
「魔物の力が分からないことにはな・・・。」
「はい、あの魔女の息の根さえ止められれば、その魔物達は増えぬでしょうが。」
「うむ、精鋭部隊を作らなければな。」
「はい、大体の選抜は済んでおります。」
聖斗が表を見せる。
「うむ、よくできている。ただ力が強いだけかと思っていたが・・・やはり強者達だ。」
将軍が団長達を褒めると自慢げに魔央が笑う。
「全て美珠様のご指示ですよ。」
すると将軍は美珠の方を見て厳しい顔を緩くした。
「ほほ、自分の娘が褒められたような気分ですよ。美珠様はしばらく見ぬうちに随分大人びられましたね。表情もぐっと大人になられて。楽しみですね。これからが。」
将軍はそう言うと恰幅の良い体を左右に揺すって笑った。
「失礼します。先ほど、西方将軍がこられました。・・・お父様のお具合は?気が付かれました?」
「ええ、先ほども何度か目を覚ましました。」
教皇は国王の手をしっかり握り顔を撫でていた。
「そう、良かった。」
「あなたの方こそ、無理をしていませんか。」
「お母様もずっと看病されているのですから、お休みになっては?」
「私はこの人に悪いことをしてしまった。ですから、付いていてあげたいのですよ。私はずっとこの人を邪険に扱ってきた。まあ、新婚早々七人の侍女に手を出したこの人が悪いのですけどね。」
そう言うと教皇は思い出したように笑う。
「聖斗とのことは弁解のしようがありませんね。聖斗は教会の前に捨てられていた孤児でした。あの子は美珠を抱く私に自分の母親の姿を重ね合わせていたようです。そして私を守るため強くなる、そう誓ってくれたのです。私も甘えてしまいました。あの子は私のために強くなってくれた。私もこの子に何かしてあげよう、愛を知らないこの子を私が包み込んでやろうと・・・、気が付くとそういう関係になっていました。」
美珠は言葉が出なかった。
母は寂しかったのだ。
夫と子供はいつも離れた所にいて、いつも自分は一人だと感じていたのかも知れない。
そんな時に自分の事を考えてくれるものがいたのなら・・・。美珠は母の背中に抱きついた。
「お母様、大好きよ。」
「美珠・・・。」
母は涙を流していた。そして美珠は父の手を取り父にも同じ言葉を掛けた。
「お父様も大好き。」
父の手がピクリと動いた。美珠と教皇は顔を見合わせて微笑み合った。