帰還
「ちょっとすいません。」
二人の口付けを邪魔する奴が現れた。よく通る女の声だった。
二人は見られたことで顔中から火が出るように真っ赤になった。
「何者だ?」
国明改め珠以は怪しい風体の物を誰何する。
「あの、教皇様か美珠様にお会いしたいのですが。」
珠以は後ろにある馬車の荷に気が付き、それについて尋ねると、怪しい者はそれについては何も言わず、珠以にしがみついた。
「とにかく会わせて下さい。一刻も早く。」
「あなたの名は?」
美珠が後ろから訊くと、怪しい者は美珠の顔をじっと見つめた。
珠以がそれに気が付き、間に割り込むと今度は珠以の顔をじっと見る。
「えっと、美珠様?珠以?」
そう言うと怪しい者はバッと汚いローブを脱いだ。
「会いたかったよ!二人とも。」
美珠と珠以は相手をよく見た。
それは顔の形こそシャープになってはいたが、この地で将来を語り合ったもう一人の仲間だった。
「珠利!」
美珠と珠以の声が重なり合うと、珠利は二人に抱きついた。
「んん、会いたかった。もうホント。」
「珠利どうしたの、私に用って?」
「あっ、そう、そうなんだよ。」
そう言うと珠利は馬車の中を見せた。そこには中年の男が倒れていた。
「お父様!」
「早く医者か、魔法騎士に見て貰おうと思って。お連れしたんだ。」
「生きてらっしゃるの。」
「こうしては居られないぞ。珠利!とにかくあっちの建物まで馬車を走らせろ。」
そう言うと珠以は珠利と共に馬車の御者の席に飛び乗った。
美珠は父の隣に座り、上から軽く触れてみた。小さく父の胸は上下していた。
「お父様・・・。」
馬車が激しく前後し、建物に突っ込んだ。
敵襲かと兵達がざわつくのを珠以の声が一喝した。
「静まれ!国王陛下がお戻りだ、医者、魔法使い全て連れて来い。」
珠以の大声が建物中に響いた。
国王が戻ってきたという声に歓声が漏れた。そしてすぐに教皇が走りよった、その後ろから魔央と聖斗も走ってくる。
魔央がすぐに癒そうとするのを珠利の手が止めた。
「人のいないところでお願いします。」
魔央は頷くと、担架を持ってこさせて教皇の部屋まで運ばせた。国王を運ぶと医師八名と魔央達、上級魔法使い四名が並び、国王にかぶせられていた布がはずされた。
美珠はあまりのことに気を失い。珠以の腕の中に倒れた。教皇はしっかりと立って、国王の額に触れる。
国王の左腕は溶けて肩から下は無くなっていた。
喉を斬られていたが頸動脈を斬っていないということだけが幸いしていた。
「洛西において魔法使いと戦われまして。」
「魔法使い?」
魔央が尋ねる。
「おそらく桐でしょう。」
珠以はそう言うと桐の正体を皆に話した
「その女おかしいんだよ、首を切り落としても生きてるんだ、マジで気持ち悪いよ。」
誰もが珠利のその言葉に絶句した。自分たちの戦う相手の不気味さに言葉が出なかった。
「とにかく早く、国王を癒して差し上げて。」
しかし教皇の声でやっと皆動き出した。珠以は美珠を抱き上げ、椅子に座らせる。
「国明、とにかく騎士や兵士達に事情を話しに行くぞ。」
「ああそうだな、珠利頼めるか?」
「おう、まかせておけ。」
暗守と共に部屋をあとにした珠以に珠利は軍人独特の敬礼をした。
珠利は猫のように少し上がった目ををくりくり動かして美珠の姿を見つめていた。
「良かった。目を覚まさないから心配したよ。」
「珠利。・・・お父様は?」
「まだ手術中、で今珠以達が広場で国王の容態について話してるみたいだよ。」
「・・・珠利。」
「ん?」
「・・・お父様を助けてくれてありがとう。」
「美珠様、当たり前のことをしただけだからさ、気にしないでよ。」
「ねえ、私も広場に行きたいわ。」
「よし、じゃあ行こう。」
二人が部屋から出ると廊下に相馬が座り込んでいた。
「あれこのヒヨコ、相馬?あんたもいたの?」
「もうヒヨコじゃないし!」
そう言って立ち上がった相馬は珠利よりも頭一つ飛び出ていた。
「しかし、珠利はいつまでたっても女らしくならないね。ま、そんなごつい肩じゃあ、彼氏ができっこないけど?」
「ウルサイ!ヒヨコ黙ってな。ボコられたいの?」
「何だと?この暴力女!」
「もうやめなさい!二人とも、とにかく広場に行くよ!」
いまだ言い合いたい二人の腕を引いて美珠は広場へと向った。広場では団長達が大勢の騎士や兵士の前でこれからのことについて語っていた。
真剣な顔をした男たち。
死を覚悟した者たち。
自分の守るもの、信じるものに突き進んで欲しい。美珠はただそう願い皆の顔を見つめた。