母
次の朝早く、洛西に放っていた斥候が土煙を上げながら戻ってきた。
「どうだった?」
「そ、それが。よく分からないのですが、国王様が洛西で戦死されたようで。」
斥候の言葉に美珠の足の力が抜ける。相馬が咄嗟に腕を持ち美珠を支えた。
「お父様・・・。」
美珠の目からは言葉と共に涙が溢れた。
父の姿が目に浮かぶ。
いつも自分勝手だった父、いつも娘に優しかった父。甘やかすだけ甘やかして愛してくれた父。
「美珠様、泣かないで。後継者なんだから。泣くよりもすることがあるだろ?」
「相馬ちゃん・・・分かってるわ、分かってるのよ。でも涙が止まらないの。」
「後でつきあう。僕も母さんのことでまだ泣いてない。でも今は美珠様の言葉が必要なんだ。」
相馬の言葉で美珠は何度も何度も溢れる涙を拭き続けた。号令を出さなければいけない。けれど口を開こうとするとやはり涙がこぼれた。
美珠は自分の頬を両手で叩くと顔を上げた。涙はかすかに滲んでいた。けれど瞳には光が宿っていた。
「母の所に向かいます。皆さん支度をして下さい。あなた方は敗走兵ではありません。私を助けて下さった。勇気ある者達です。私についてきて下さい。」
すると全員美珠の言葉に頷き、剣を空に掲げた。
それでも美珠は馬に一人で乗りながら気づかれないように泣いた。
一昼夜、竜と馬を飛ばし限界を迎えたころ、軍事基地の前に着いた
「ここ・・・なんか・・・。」
美珠は黒岩でできた要塞を見上げてつぶやいた。
「・・・何か?」
相馬が横で様子を窺っていた。
「ううん。来たことある気がして・・・。」
「きっと・・・あると思うよ。」
「え?」
「さ、中に入ろう?」
美珠は頷くと、門を守る軍人にむかって声を張り上げた。
「私は美珠です。この門を速やかに開けて通しなさい。」
門衛は美珠の姿を見て、驚き扉を開けた。
中には色とりどりの甲冑を着た騎士達が忙しく働きまわっていたが、皆美珠の姿を見て動きが止まり、道をあけた。
「美珠様!」
魔央の声が響いた。後ろにいた少年騎士が息を呑んだ。
「ご無事で何よりです。」
「ええ、お母様は?」
「司令室においでです。・・・・魔希!」
魔央は後ろにいた自分の捜し求めていた存在に気がつくと、人目も気にせず抱きついた。
「魔央!みんな見てるってば!ダメだよ。」
「そんなことどうでもいい!何でいきなりいなくなったんだ。どれだけ心配したと思ってる。この馬鹿!」
魔希と呼んだ少年の肩で魔央は泣いていた。魔希は驚いたように魔央の体を抱きしめた。
「ごめん・・・。魔央・・・。ごめんって・・・。」
「もう、どこにも行くな。そばにいろ。頼むから・・・。」
「良かったね。」
美珠と初音が微笑むと魔希も泣きそうな目をして頷いた。
美珠は近くにいた騎士に案内してもらい教皇のもとまで行った。
何の飾りもない、ただ石造りの部屋に母と聖斗がいた。
けれど二人の関係をもう怪しむ気持ちは起こらなかった。それは二人の表情に如実に表れていた。
「美珠!」
「お母様!」
美珠は母の胸元に飛び込み抱きつくと、母もしっかり抱きしめ返してくれた。
「無事ですか。怪我は?孝従のことを調べに行ったと聞かされて、心配していたのですよ。」
「大丈夫よ、それより、・・・お父様は?」
美珠の問いかけにその場にいたものは黙り込んだ。
「お父様は・・・亡くなったの?」
「いえ、多分どこかで生きていらっしゃるわ。あの人は強いもの。」
美珠は母の言葉を聞いて少し微笑んだ。
馬の上でさんざん泣いてきたのだ、もう人の前で泣くということなどしない。美珠は来る途中でそういう決心をしてきた。
母はそういった娘の気持ちを理解したのか美珠に声を掛けた。
「美珠疲れたでしょう。休んでいらっしゃい、部屋は用意させます。」
母は美珠の顔を嬉しそうに見つめていた。
「たった数日会っていなかっただけなのに・・・随分大人の顔になりましたね。」
「そうかしら・・・。分からないわ。でもしっかりしないととは思っているのよ。何も分からない、役立たずの姫ではいけないから。」
美珠はそう言うと側にあった椅子に腰掛けた。椅子はガタガタと揺れた。
「こんな悪い椅子に座ることもなかったし、こんな泥だらけ格好をすることもなかったし。」
「本当に成長したのね、嬉しいわ。」
美珠は照れ笑いをしただけだった。聖斗がいつの間にかお茶を入れてくれていた。美珠は礼を言い、口を付けた。
「はあ、久しぶりのお茶。おいしい。」
一口飲んで息を吐く。美珠の顔はまだ十六歳のあどけない少女の顔に戻った。母はそんな娘を愛しそうに見つめていた。しばらくすると光東が入ってきた。
「あ、光東さん。」
「美珠様!ご無事で何よりです。」
「初音ちゃんも今休憩してるはずです。会ってあげて。」
「は?何故美珠様と初音が?」
光東はいきなり出るべきではない名前を聞き、混乱した。
「今回は初音ちゃんと、光東さんのご両親にとてもお世話になったんです。本当に助かりました。」
光東は話が終わる前から初音のもとへと走って行った。その背を見送り美珠も少し休むことにした。
美珠に与えられた二階の小さな部屋には簡単な寝台と、暖炉、小さな机と椅子しかなかった。美珠は疲れのあまり、迷わず寝台に進んだ。そしてバフンと倒れ込み、寝台に横になると何も考えず、眠りについた。