荒野の真ん中で
「あと、どれくらいだ?」
国明は暗守と共に茶色の渇いた大地を横切り、三璧へ向かっている最中だった。
前は見渡す限り荒野。
二人はあまり資金が無かったためにあまり食料を持ち歩いてはいなかった。
四日も歩けば着くだろうとふんでいたが既に六日、もう帰りの分の食料さえ心配になっていた。
暗守は自分の馬の荷を見てつぶやいた。
「食料が足りればいいが。」
「そうだな、しかし先ほど出会った者は村までさほど時間がかからないと言っていたからな。まあ、大丈夫だろう。」
「ああ、帰りの分はあちらで補給すればいい。」
「ああ。そうだ。」
二人はまるで旧知の仲のようにお互いの顔を見合って口元を緩めた。
美珠の夫候補として名が挙がるまで、国明は暗守の声すら聞いたことは無かった。
正直、はじめは暗守を一物のある人間と認識していた。顔も見せず、弱みを人には全く見せない。そんな男は騎士として認めたくは無かった。
それこそはじめは世間知らずの美珠が近づいてゆくことが心配だった。が、暗守は暗守なりに信念を持った男ということが美珠と接している姿で分かった。
だからこそ、彼の姿を見ても誰も驚くことは無かった。
あの水銀色の髪に高潔ささえ感じた。
それはあの場にいた魔央も相馬も感じたに違いない。
そして彼が姿に劣等感を感じていたということも美珠が眠っているときに彼が語ってくれた。
そのとき初めて兜の下にあった熱いまなざしを知った。
暗守は暗守なりに美珠のことを思い、国を、騎士団のことを考えていた男だった。
国明は、知ると同時に見かけでしか判断していない自分を恥じた。
彼は同志だ。
それが今の国明の思いだった。
二人が荒野を駆けてゆく姿を十人ほどの男達が崖の上から見ていた。
日が暮れ、二人は岩陰で休むことにした。火をおこし、あたりを警戒する。
「しかし、砂っぽい土地だなあ。体が砂まみれだ。」
国明はそう言うと自分の服を何度かはたいた。
「・・・美珠様とはもう愛を誓ったのか?」
不意に心を決めたような暗守の質問に国明はすこし間をおいて答えた。
「まだ、分からないが。好いて下さっていると思う。」
「そうか・・・。では私の出る幕はなさそうだな。」
「あ・・・済まない、自分の事ばかり。」
「気にしていないさ。美珠様は心のお優しい方だ、過ごしてきて分かった。それにお前なら美珠様をまかせてもいいと思っている。」
パチッと焚き火の炎がはぜた。
暗守は息を吐いてから寝るために兜をはずした。
「しかし、慣れとは怖いものだな。一度知られてしまうと、あれほど嫌だった人に素顔を見せるといのも、もうどうでも良くなってきた。・・・しかし、誰にでも見せるわけではない。お前を、あそこにいたものを認めたから見せたのだ。だから美珠様をお前に託すのだ。」
「・・・暗守。」
「お前は私に無いものをたくさん持っている。感情も、熱さも。時々それが羨ましく思える。私は美珠様が好きだ。初めて自分というものも見せた・・・。しかし俺よりも、お前といる美珠様が一番自然だ。」
「俺だって暗守が羨ましく思えることはある。・・・お前のそのまっすぐさが羨ましい。俺は性悪と思われてるから。」
暗守がフッと笑うと、国明も笑顔を返した。
そして祈るように服の内側に入れていた何かを握った。
「なんだそれは?」
「これか?」
国明は手を離した。そこには小さな汚れた人形があった。
「俺のお守りだよ。いつも力をくれるんだ。心配事があるとこれを握って、願うんだ。」
国明は笑うとそれを見つめた。
暗守はそれを不思議そうな目で見ながら枝を火に放り投げた。
その夜二人が床につきしばらくすると、砂を蹴る、ザッザッという音が響いた。
国明と暗守は目を開けると、剣に手を掛けた。まず、暗守が一人目を足払いで転がした。国明は剣を抜かず、男を鞘で殴る。
「待て。」
少し年配の男の声がした。全員がピタリと止まる。
「お前達がかかってもこの者達には、勝てぬさ。この方々はお前よりも訓練を積まれているからな。」
するとその男は火のついた薪を拾い上げ皆の顔を照らした。薪からは炎の粉が乾いた土の上に落ちていった。
「久しぶりだな・・・。」
男は国明の顔を照らしながら言葉を掛ける。
「ええ、あなたを捜していたのですよ。」
「噂では聞いている。国が一大事だということはな・・・。」
男はついてくるように促してから、進み出した。
二人はその後に続いた。
目の前には大きな岩があり、一人かろうじて入れる程の岩の切れ目があった。どうやらそこが入口になっているようだった。
抜けると大きな洞窟の中に村があった。
むき出しの岩肌の上に、青や赤の布を敷き、そこで過ごす人々は皆遊牧民のような服装で、色が浅黒かった。そしてよそ者を見る目で国明達を見ていた。
男は村の男達に散るように言うと、国明達を連れて自分の家に入った。中には妻らしき女がいて、夫の連れてきた客を不思議そうに観察していた。
「そこに座ると良い。」
男は頭に布を巻きあごひげを不精に生やし、そこには白い毛も混じって見えた。慣れた手つきでパイプに火をつけると煙がパイプから立ち上り、部屋に充満した。その様子を見ていた二人は男に右手がないということに初めて気が付いた。
「腕はどうなさったのです?」
「魔法使いに斬られた。」
「魔法使い・・・。」
浅黒く、冷酷な印象を与える冷たい目をした男の答えを国明は考える。
「この方は?」
やっと暗守は質問する隙を見つけ出し、国明に尋ねた。
「この方が、未宇殿だ。」
「この方が・・・。」
国明の言葉を繰り返しながら、暗守は男の姿を上から下まで見る。
「とにかく今は疲れを取りなさい。日が昇ってから話をしよう。」
「あの!」
国明が声を掛けたがもう未宇の姿は無かった。