見えなかったもの
「ここが・・・香里。」
民家が十程しかない小さな村だった。
騎士達が馬から下りると、外で遊んでいた子供達は恐怖に怯えた顔で逃げ、大人も皆戸を閉めて隠れてしまう。
美珠と初音は顔を見合わせた。
国の象徴であり騎士に対して向けられた民の瞳に正直驚かされた。
「美珠様。我々は村の外で・・・。」
騎士達はそんな反応を察知し美珠にささやいた。
騎士は皆に尊敬されるものではないのか。美珠は信じられず頷くこともできなかった。
「美珠様。・・・もしかすると・・・この村で何かあったのかもしれないね。出ていてもらったほうがいいよ。」
相馬の言葉を聞いて、騎士達は村から出て行った。
それでも残った様子を、村の人々は薄く戸を開いて見ていた。
「・・・こんな・・・。」
「・・・ここで立ち尽くしていても埒が明きません。私、誰かに尋ねてみます。」
そういって初音は一番手前の家の扉を軽く叩いた。扉の隙間から老婆と目が合った。
「あの、こちらに孝従さんという方は。」
「孝さんの家かい?・・・あんたら、何だ?騎士のものか!」
「いえ・・。私達は一般人です。孝さんを探してるんです。」
「孝さんなあ・・・。ほら、あそこの角の家じゃ。しかし、最近はとんとみんのう。二人がしんでしもうてから。」
老婆は寂しげな表情を浮かべ、ため息をついた。後ろで美珠は声をかけた。
「死んだ?それはどういう・・・ことでしょう?」
「おや、知らんのかい?ここらじゃ有名な話じゃがな。」
老婆は扉を開けると角の家に目をやった。畑があったが、いつから手入れされてないのか、野菜が枯れ始めていた。
「孝さんの所には子供が三人いたんじゃが、半年程前にのう国王騎士とどっかの騎士がここで乱闘騒ぎを起こしたんじゃ、あいにく孝さんは村の為に遠くの山まで買出しに行っていてのう。・・・いつもあの畑で母親の手伝いをしていた麻紀ちゃんと信ちゃんは逃げ遅れたんじゃ。奥さんの咲さんがはじめに一番下の子を庇って背を斬られて、母親を起こそうとした二人は首を斬られた。可哀想に。」
「何それ・・・。ひどい!」
初音は怒鳴っていた。
美珠はいても立ってもいられず、孝の家に向かって走り出した。
初音はそのことに気が付き、慌てて老婆に礼を言って追いかけた。 美珠が家の木戸を激しく叩くと、中から女の声がした。
「はい、どなたですか?」
「あの、孝従さんの知り合いで。」
そう言うと扉が開いた。
中にいたのは痩せた女だった。
「あの人、何処に行ったんです?何をしてるんです?生きているのですか?」
孝従の妻は美珠にしがみつくようにして、質問を投げかける。
「あの人今どこで何をしてるんですか!かえって来て欲しいのに!傍にいて欲しいのに。」
女はそういうとその場で崩れ落ちて泣いた。
美珠はその背中をなでた。撫でると背中に凹凸があった。
それが彼女がその時に負った傷なのだろう。
「無事です。・・・お話を聴かせて頂けると嬉しいのですが。」
美珠の言葉に、女は涙を拭くと頷いた。
家にはいると赤ん坊が寝ていた。初音が可愛いと触れると泣き始める。
咲はそんな子供をあやしながら、二人を椅子に座らせた。
今の国の情勢など知るよしもない子は無邪気な顔で美珠を見ていた。
美珠が微笑みながら、子供の頬をさわると満面の笑顔で手を伸ばしてきた。
「あの、で、夫は今どこに?」
「王都です。」
子供の手を取ってあやしている美珠の言葉に女の顔は引きつった。
「王都に・・・なんで・・・。あの人は・・・。」