国王
魔央は崩れ落ちるように洛西の城に入った。
名前の通り、都の西に位置する守りに長けたこの城に入るまでに、竜を四匹倒し、精根尽き果て気が緩むと意識を手放しそうであった。
しかし騎士達が動く姿をみて、奥歯をかみ締め気合いを入れ直すと教皇と国王のもとへ急いだ。
「美珠は!」
国王は魔央に先ず娘の安否を尋ねた。
魔央が無事であると告げると、国王は胸をなでおろした。
国王はこの十一日間、娘の安否や他の王室のものを逃がす計画を立て、地方にいる兵達を集め体勢を立て直すことに精一杯だった。
その為、頬はこけ自慢のひげも伸び放題であった。
「魔央、ご苦労だった。少し休め。」
国王の言葉を聞くやいなや返事もすることなく魔央は倒れた。
国王も倒れそうではあったが、美珠の安否を心配するあまり倒れた教皇に美珠の事を知らせようと体を引きずり歩いた。
「聖斗、お願い側にいて・・・。もうあなたしかいないの。」
「教皇様。」
「あなただけは、側にいて。お願いよ。美珠に気付かれてからというもの、あなたとは距離を置いてきた。でももう限界よ・・・。私の心を支えて・・・。」
体がぐらついた。
のどが渇いた。
教皇の部屋の前に立った国王は目の前にある扉の向こうからきこえた女を意識させるその言葉に驚愕を覚えた。
この教皇は一体どんな聖女だったのであろう。
忠誠を誓うはずの騎士と、騎士団長と・・・。
炎のような怒りが腹の中を燃やし尽くすような感覚。
そして黒い殺意にもにた嫉妬が自分を包み込んでゆく。
しかしそれと同時に自分に二人を責める権利など無いことがどこかで分かっていた。
自分が竜桧の反乱の一因なのだから。
「今は美珠のために。」
無意識のうちにつぶやいていた。
自分の血を引くたった一人の愛する後継者のために・・・してやるしかない。
国王はまた来た道を引き返した。
「光東、今ここに戦える者は何人いる?」
「おおよそですが光騎士四五十名、国王騎士四百名、教会騎士七五十名、暗黒騎士三五十名、魔法騎士一五十名・・・あと兵士が三千おります。」
「もう食料が尽きる・・・か。」
王はその報告を目を閉じて聞いていたが、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「なあ、光東、お前愛している者はいるか?」
「あ、・・・はい。」
光東は脳裏に『愛しい者』を思い浮かべ頷いた。
「・・・そうか。済まないが手分けして家族・恋人のいない者を探し出してくれるか?」
「・・・国王陛下。」
「頼んだぞ。」
「はっ。」
光東を見送ると、国王は机の上に封筒を二通用意し何か書き始めた。
数時間して光東が戻ってきた。
「思っていたよりもおりませんでした。二八九名です。」
「そうか・・・そんなにも・・・。」
国王の微笑みに光東は一抹の不安を感じた。
声をかけようとしたが王の言葉に遮られた。
「光東、お前は美珠の所に行け、後この手紙を・・・美珠に、これを国明に。」
国王は光東に二通の白い封筒に入った手紙を手渡した。
「あと、聖斗と魔央を。」
「はっ。」
光東は結局質問を投げかけられぬまま、仲間を呼びに言った。
すると彼らは程なく部屋に集まった。
「美珠の所に行って欲しい。教皇を連れてな。あと護衛をつける。うまく散らして配備するように。援護はする。」
国王は一息ついて全ての思いを込めたように吐き出した。
「娘と・・・妻を・・・守ってやってくれ。」
聖斗はずっと国王の顔を見つめていた。
国王の真意を探っているようだった。
「光東頼んだぞ。」
「命にかけて。」
「では、今日の夜、作戦を行う。」
そう言うと国王は立ち上がり、教皇のもとに向かった。
教皇は布団に横たわり、眠っていた。
国王は愛しそうに頬を撫でる。そしてそのまましばらく座っていた。妻の寝顔を見るのは五年ぶりだった。
婚姻の儀を行ったときのような幼さはもう無いがそれでも愛する妻はいつまでも美しく見えた。
「・・・ん・・・何です。」
浅い眠りだったのか、すぐ目を覚ました教皇は驚いたように声を出した。
国王はただ微笑み、座っていた。
「お前を愛していたよ。」
「何です?いきなり・・・。そう言うことは女癖を直してから言って下さい。」
教皇は目をあわすことも無く、冷たくあしらうと、起きあがり水を飲みほした。
「美珠を産んでくれてありがとう。」
「一体どうしたんです?」
「いや、言いたくなっただけだよ。俺はお前に一目惚れだった。たった一三歳のお前に。」
「あなたはもう二五でしたわね。あの頃はよく教会に忍んで来て・・・。」
教皇も昔を思い返し、そして懐かしんむように目を細めた。
「・・・それからずっと愛していたよ。」
そう言うと国王は全ての思いを込めて教皇を抱きしめた。
教皇はその力強さに一瞬驚いたが、国王の腕をふりほどいた。
「こんな非常時に何です。」
「・・・そうだな。済まなかった・・・。」
珍しく凛とした国王に教皇の心は出会った頃のようにときめいていたが、去ってゆく背中を止める気力はなかった。