雨の夜に
「ここなら雨宿りできそうですね。」
国明は人が数人しか入れない小さな洞穴に美珠を入れると入り口に陣取り座りこんだ。そして美珠も気まずそうに国明と少し距離を置いて座った。
国明はそれを横目で見ると、膝をたてその上に腕を置き美珠を見ないようにするかのように外に目を遣った。
美珠はまるで存在すら無視されているようで、膝を抱えてただ声を殺しただあふれてくる涙を拭っていた。
「相手の方がご無事だといいのですが。」
発せられたその言葉が重くのしかかってくる。
「無事です・・・。」
「そうですか・・・。それは何よりです。」
そんな言葉が欲しいわけではない。
怒って欲しかった。お前は馬鹿だとののしられるほうが良かった。
「まだ訊いてはいませんでしたが・・・何処の騎士団です?それとも貴族ですか?」
「・・・国明さん・・・。あの・・・。」
「分かりました。言いたくないならもう聞きません。出すぎたまねをいたしました。」
国明はまた視線を外に戻す。美珠は堪えきれず悲鳴に近い声を上げた。
「騙されたのです!私が愚かだったのです!」
一声出すともうとまらなかった。言葉が次からこみ上げてくる。
「彼を殺した相手を・・・あの人だと感じるなんて。あんな男に少しでも好意を抱いて、その上!」
唇まで許してしまうなんて。
唇が気持ち悪かった。手の甲で力いっぱいこすると国明はその手を押さえた。お互いの目がぶつかる。
「何なさってるんです?どういうことですか、それは?誰が誰を殺したというのです?」
「私の大切な人をあの男が殺したのに・・・私は記憶が無いからまんまと騙されて・・・。悔しい!本当に悔しい。もう死んだってあの人のところにはいけない!きっとあの人にも突き放される!お前は馬鹿だって!」
「まさかとは思いますが・・・美珠様の選んだ相手というのは・・・あの孝従ですか。」
恥ずかしくて頷く事もできなかった。
「国明さんの言うとおり私は本当に馬鹿姫です。自分を守って死んでいった大切な人と、その人を殺した相手とを間違えるなんて・・・、珠以が聞いたらきっと温厚なあの人でもめちゃくちゃ怒ります。」
「大切な人・・・?」
「・・・国明さんは少年時代にどこかで珠以という名を聞いたことおありですか?」
「珠以というのがあなたの恋焦がれる人なのですか?」
「はい。・・・私の剣術の稽古仲間の一人で、私の兄のような人で。とにかく大切な人だったんです。あの人といた思い出はすべて輝いていて私が生きてきた中での宝ものなんです・・・今にして思えば。」
国明はしばらく物思いにふけっていた。美珠はその隣で全てさらけ出して放心状態に陥っていた。けれど、ポツリと国明がつぶやいた。
「魔法剣の珠以・・・。聞いたことありますね。私も魔法剣を使うので。」
すると美珠は無意識に微笑んでいた。
「何に対してそんなに微笑んでらっしゃるんです?」
「嬉しいんです。あの人の名前が私以外の人から聞けると。ただ、本当に会いたかった。忘れるようにされてはいても、ずっと毎日夢の中で恋をし続けていたんです・・・。」
美珠の言葉を聞き、再び国明は黙った。
口に出して思いを伝えるとさらに珠以が恋しくなった。
すると思い切ったように国明は両手を伸ばし美珠の頬を優しく包んだ。 その仕草があまりに温かく、美珠は相手をただ見返した。
「俺ではいけませんか?美珠様。」
国明はいつもの優しい目で美珠を見つめていた。美珠は名前を呼んでもらえたことがうれしくてほんの少し口元を緩めた。
「私は国明さんの気持ちが十分の一も分からない人間です・・・よ?それに今追われています。」
「徐々に分かっていただければ結構です。俺には貴方しかいないんだから。あなたは俺の花だ。あなたがいるから私の心は幸せになるのです。」
「国明さん・・・。」
美珠は国明の優しい目を見ているうちに心のどこかがまるで優しく包まれているように思えた。
頬を暖かい何かが流れ落ちた。それは先ほどまでとはまったく違う涙。
「泣かないで下さい。」
そう言われてもこらえきれず、しがみついて声をあげて泣いた。
国明はずっと抱きしめてくれた。