目覚めた朝
美珠は体を井戸の水で洗い、相馬の鞄に入っていたぶかぶかな替えを着、魔央のよそってくれたお椀を持った。
「ありがとうございます、私がこうして生きていられるのも、皆のおかげです。」
美珠は雑炊というものを初めて口にしながら礼を言う。
四人は優しく微笑んだ。
「こんな風に支えていただけるなんて・・・、幸せです。」
そう言うと美珠は極上の笑顔を四人に見せた。
雑炊を食べると、相馬と国明は水を汲みに行くと外へ出て行った。その間、美珠は窓辺に座り考え事をしていた。前では魔央と暗守が仮眠を取っていた。
(胸が痛かったのは、体があの男のことを拒否していたのかも知れません。そんな男と・・・。 唇が気持ち悪い。)
唇に触れてみる。
感情とは恐いもので、珠以と接吻できたと思ったときにはその体温や、柔らかさを一時も忘れたくはなかった。けれど今は孝従から受けたその行為自体を消してしまいたくて仕方が無かった。
(・・・でも彼はどうして今になって襲いに来たのでしょう。珠以はもう死に、鬼教官もいない。・・・大体、珠以が教わった技は誰を倒すものだったのか。)
思い当たることは一つ。
(孝従と昔ともにいた女・・・。あの女の人は一体何?・・・それに竜桧さんは自ら進んで計画したんでしょうか?ああ、だめです分かりません。竜桧さんは私のことを憎んでらっしゃるんでしょうか。いつも笑っていてくださっていたのに。)
美珠はため息を一つつくと、自分の頬をペチペチと叩いた。
人から憎まれているそう思うとやりきれなかった。
「美珠様完全に俺のこと思い出したような気がしない?っと、四杯目。」
相馬と国明は人に聞かれることを避け、面倒な水汲みを買ってでたのだった。
「だな・・・お前を警戒してないし・・・。心なしか、態度も変わった気がする。前はおどおどしてたが、今は昔の美珠様だ・・・。でも、お前もタイミングよくこれたな。」
「ん・・・。そろそろ『国明さん』が武闘大会で優勝する頃かなと思って王都にいたんだけど・・・、竜騎士が変な動きをしてたからね。ちょっと動向を探ってたんだ。ああ、そういえば、大会、残念だったね。まあ、最後に気を抜いちゃったもんね。っと、五杯目、もっとしっかり持ってよ。」
「お前には分かってたか、前にいる怪しい男よりも優勝したことが嬉しくて完全に気を抜いた・・・。戦っている間までは気を張ってたんだがな。やっと願いが叶うんだって思ったら誰だってそうなるだろ?はあ、まだまだだな・・・。・・・でも、もう美珠様は・・・。」
「え?何?・・・」
「いや。美珠様にはもう心に決めた・・・、」
「あ、美珠様。」
「え?」
国明は美珠という言葉に過剰に反応し口をつぐんだ。一方、相馬は涙を拭う美珠を詮索することもなく笑顔を向けた。
「美珠様、何処行くの?こんなに暗くなってから。」
「あ・・・少し、外で風に吹かれてきます。」
「ふううん、危ないよ、どうしてもってなら『国明さん』ついてってよ。」
相馬と目の合った国明は冷静を装い声をかけ、剣を帯びた。
「・・・分かった。護衛します。行きましょう。」
美珠は結構ですと言いそうになり、久しぶりに国明と目が合い止まった。国明の顔は今まで見てくれていた顔ではない。感情をすべて隠した能面のような顔。
そんな顔を彼から見せられたことは無かった。そしてこれからこの先もこんな顔をした彼とつきあってゆくことになるのかもしれない。
「二人とも行ってらっしゃい!」
悶々と考えていた美珠は相馬に背中を押され、気まずい気持ちを抱え歩き始めた。