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到着

「うわあ、大きなおうち。」

美珠は馬車から降りて感嘆しつつ、建物を見上げた。

赤茶色のレンガ造りの建物には大きなエントランスがあり、門からそこまでのびる道の両側には大きな噴水が対をなしていた。その周り一面に広がる花壇には、白亜の宮に劣らぬ花が咲いていた。

「明日からここに住むんですね。共同生活かぁ。」

 隣に佇む国明を見る。国明は優しく笑い返すがその顔で美珠は思い出した。

(国明さんは性悪でした。笑顔に騙されてはいけません。)

「どうなさいました?まだ共同生活が気に入らないとかおっしゃるんですか?」

「そんなことありません!喜んで共同生活しますよ!」

「ま、本心からそうおっしゃっているなら良いのですが。」

 国明は口を尖らせた姫を見て、花壇に咲いてある桃色の花を一輪手折って美珠の結い上げてある髪に挿した。

 いい勝てず強張っていた美珠の顔が真っ赤になり、口元が緩んだ。

(こ、こんなことされたら恥ずかしくて・・・顔から火が出そうです。)

 扇で一生懸命に赤らんだ顔を隠すこの国の姫を国明はただ微笑み見つめていた。


 美珠の新居ではすでに多くの人が荷物を運び入れていた。

美珠は馬車から降り新居に足を踏み入れた。エントランスにはシャキッと男が立っていた。皺、チリ一つも無い黒いスーツからこの小柄な男性の性格が見て取れた。

「美珠様、私はこの宮で執事を致します、芹と申します。以後お見知りおきを。」

年は五十後半で痩せ型、白髪交じりの髪を後ろへ流し、まるで手本のようなお辞儀をした。

「はい。よろしく。」

美珠は芹に微笑む。すると待っていましたとばかりに芹は部屋の案内を始めた。

「美珠様のお部屋はお二階の中央に、教会側の団長の方はお二階の右、王国側の団長の方々はお二階の左となっております。居間はこの階段の奥にございまして、食堂はその更に奥、後の一階の部屋は使用人の部屋となっております。」

芹は言い終えると美珠の部屋へ案内した。二人の侍女が部屋の前で待っていた。

そして美珠の姿が見えると頭をさげ、二人は扉を開けた。

 中には煌々と日の光が差していた。一歩部屋の中に入ってみる。美しい彫刻が施してある机と椅子、そして同じ彫刻の施してある寝台、白い鏡台、見事な風景画。全て一流の物が揃えられていた。

「綺麗。」

 美珠は赤茶色の机に触れ、窓のほうへと寄った。

そこからは美しい花壇が一望できた。

「美珠様、少しだけお時間よろしいですか?」

「ええ、どうぞ。」

 美珠は新品の椅子に国明に席を勧め、自分も向いに腰掛けた。

「これだけ立派なものを揃えて貰って、共同生活が始まってしまったからには文句ばっかり言ってられませんよね。皆さんの事もっと一つでも多く知って、仲良くならないといけませんし。」

「けれど、いきなり気張ることも有りませんよ。ゆっくりでいいんです。自分のありのままを見せれば、作られた言葉なんて必要ありません。ですから私はもっと美珠様の気持ちがお聞きしたい、結婚がいやだとか何が食べたいとかね。」

(ありのままなど無理に決まっています。人間隠す部分が必ずあるのですから。心の中で言っている文句を人に全部ぶちまければ嫌われてしまいます。)

 美珠は承服しかね、難しい顔をして座っていた。

「そう思わないのなら結構ですよ。そう思わないといってくださって。」

(ばればれですか・・・。)

 美珠はうなだれ、大きく息を吐いた。そんな美珠を見て国明は後ろ手に持っていた桃色の紙包みを渡した。

「何ですか?」

「何でしょう。」

 美珠は包みに掛かっていた赤いリボンに手を掛けほどき、中にあった箱を開けた。

すると天使が細工された銀の櫛が入っていた。

「可愛いです!この天使。」

真っ白い羽の生えた子供のような天使の表情は嬉々としていて、それを美珠は目を輝かせ見つめた。

「でも、どうしてこんなもの下さるんです?」

「はは、点数稼ぎですよ。美珠様を物でつろうとね。」

「何だ、そういうことでしたか」

「あと、それと、遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。」

「え?」

「それは、点数稼ぎ兼美珠様へのお誕生日の贈り物です。」

(それならただ誕生日だから買ったとおっしゃって下さった方が嬉しいです。)

 けれど、美珠は国明が耳まで真っ赤になっていることを見逃しはしなかった。

(もしかして)

「国明さんは女性にこういうこと良くなさるんですか?」

「え?」

「国明さんはおもてになるでしょうし、好意を持たれた女性には必ずこういうことをしてらっしゃるんですか?」

「まさか!しませんよ!そんなこと!大体私は今まで武道に励んで国一番になることに専念してきたんです!そんな暇ありませんでしたよ!」

「ふふ。ですよね。だって、女性になれている方が耳まで真っ赤になられたりはしないでしょうし。」

 すると国明はあわてて自分の耳を掴んだ。自分の耳がありえない熱を持っていることに気がつき、国明は更に顔を赤くした。そんな天敵の姿に美珠は勝利の笑みを作った。

「でも本当にありがとうございます。大切にします。」

「ええ。してください!」

 国明はばつが悪そうに立ち上がると美珠に背を向けて部屋の外へと向った。

美珠はただその背中を見送っていたが、国明は立ちどまりふりむいた。

「美珠様・・・。」

「はい?」

国明の意志の強そうな黒い目が美珠を射抜いた。

「この命が尽き果てるまで、あなたをお守りします。」

美珠は何故か心が割れそうになった。

(この言葉を夢で何度も聞きました・・・。何度も何度も。夢の中のあの人の口癖です。)

 まさか、現実にそんな言葉を言ってくれる人がいるとは思わなかった。

美珠がただ国明を見つめていると国明はにこっと微笑んで出て行った。


「この命が尽き果てるまで・・・ですか。」

いつの間にか日もくれ侍女が最後の荷物を入れ終えるころには夜になっていた。侍女たちはその後自分達の荷物を詰めるため部屋を後にし、美珠だけがその部屋にいた。

(そう、夢の中のあの人がでてくるたびに私に告げてくれる言葉。幸せな夢の中では自分も素直でいられるのに・・・。)

 門が開いて誰かが入ってきたようだった。月明かりに照らされても尚、判別しにくいことでその人物を美珠は特定した。

「暗守さん。」

 美珠が軽く手を振ると向こうも自分に気がついたらしく右手を振ってくれた。

(見た目はとても怖いですけど・・・、本当は優しい人なんでしょうか?)

 少し話がしたくなって美珠は暗守の部屋の扉を叩いた。

 

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