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失くしていたもの 中編

『でも・・・さっき相馬ちゃんが言ってたように・・・。まだまだ強い人たちはいるのね。』

『ええ。俺達二人だけなら、国を守ることなんてできません。』

『本当に優勝できる?いつかでいいの。私が・・・おばあちゃんに・・・なるまでに。せめて結婚衣裳が着られるうちに。』

 美珠と珠以は二人きりになると大木に凭れていた。二人の目の前には地平線まで続く、艶やかな黄色の花の平原が広がっていた。

『もちろんですよ!俺は・・・あの、その・・・美珠様に似た女の子と剣術の好きな男の子が欲しいですね。』

 そういわれると美珠は恥ずかしそうに珠以に寄った。

『私・・・兄弟がたくさんいる家庭がいいの。で、二人で毎日、子供を両手に抱えて笑って・・・。』

 言い終えた美珠は恥ずかしげに後ろを向いた。

 するとその手を珠以が優しく握った。豆がたくさんできて、硬くなった手のひら。

 美珠はそれが好きだった。

 自分との未来の為に強くなってくれる男の子。

『さ・・・帰りましょうか・・・。』

『ええ。この後は外国の言葉のお勉強。どうして国が違うと言葉が違うのかしら。万国共通語、誰か発明してくれないかしら。』

『そういうのは、相馬に任せましょう。あいつの得意分野ですから。』

 穏やかな夕日が二人の左肩を照らし、その光のような気持ちで二人は長い廊下を歩いていた。

 美珠は夕方が好きだった。珠以が剣術の訓練を終え、夜から始まる勉強までのつかの間だけ、二人で自由なときを過ごすことができる。そんな幸せな時間だった。

 これはまだ十歳にならない美珠にとっての初恋。

 そして初恋は実るものだと信じて疑わなかった。

『その子供と教官を殺してよ、そうでないと私が退治されるわ。折角新しい体にもうすぐ変わるのに・・・。』

 女の声が聞こえた。そこは教官の部屋の前。

 慌てて珠以が部屋の中を確認しようとする。けれどほんの少しだけ開いた扉の隙間からは中を見ることはできなかった。

『分かっている・・・。』

 中を見ることはできなくても、珠以は教官のその声が聞こえた途端、珠以は美珠の手を引き連れて行った。

『何処に行くの。ねえ、何処に行くの?』

『国王陛下のもとです!早くお知らせせねば!くっそ、あの教官まで・・・。』 

 珠以は今の話に思い当たることを大嫌いな鬼教官から聞いた覚えがあった。

 そのために必要な奥義なのだと。

 二人は走り続けた。


 先ほどの暖かい光は消えうせ、廊下は妙に暗かった。そして感じたことが無いほど廊下が長い。永遠に続くのかと思えるほどだった。

 そして廊下を抜けると、そこは何故か崖だった。

『ここは何処?』

『そんな!どうして・・・国王陛下の部屋に向かっているはずなのに・・・。』

 珠以は慌てて振り返った。

 しかし後ろは廊下ではなく深い森だった。

 隣の美珠の視線が止まった。

『教官・・・?』

 美珠はまだ事態を把握できてはいなかった。教官に敵意は持ってはいなかった。

『何処に行かれるのです?』

 珠以は前に出て美珠を庇った。自分よりも大きなけれどまだ成長できていない背中。

 美珠は珠以の背中を驚いたように眺めていた。

『美珠様には、指一本触れさせないぞ!』

 珠以は精一杯虚勢を張る。しかし孝従は笑って剣を抜いた。珠以も剣を抜くが、一瞬のうちに珠以の体は斬りすてられた。美珠には何が起こったのか最後までわからなかった。

『美珠さ・・・ま・・・。』

 珠以の体から全ての力が抜け、剣が地面に落ちた。すぐに珠以の体も土の上に力無く倒れた。小さな砂埃がその衝撃で起こった。

『珠以?・・・・・・珠以!』

『もうすぐ死にますよ。次は貴方ですよ?逃げないんですか?』

『ひどい!珠以!珠以!しっかりして!ね、珠以!』

 孝従はまるで狩を楽しむかのようだった。けれど、美珠は狩られるのを怯えて待つだけの獲物にはなりたくなかった。

『ねえ、珠以!しっかりして!ねえったら!起きなさい!』

 先ほどまでずっとそばにあった優しい体温。涼しげに見える目元に宿る穏やかな光。

 自分の手を包み込んでくれる少し固い手のひら。

 そして先ほどまで語っていた二人の将来。

 すべてが崩れだしていた。

 美珠は唇を噛んだ。血の味がした。

『どうして・・・珠以を!大切な珠以を!あなたは許さない!』

 美珠は落ちていた珠以の剣を拾い上げた。そして片手で止めようとした孝従の隙をつき、手を振り払うと孝従の脇腹を刺した。

 美珠の身長ではその高さが精一杯だった。

 孝従は驚き美珠を見た後、自分の傷口を見る。剣が埋まっていた。

『そんな・・・馬鹿な。』

 よろめいた孝従は足を踏み外し後ろに迫っていた崖の下に落ちていった。美珠はすぐに珠以に駆け寄った。

 まだ息はかろうじてあった。

『珠以、しっかりして、ねえ珠以。死んじゃやだ!』

 美珠は何度もゆすって呼びかけた。

 けれど、もう彼の口から美珠という名を聞くことはできなくなった。

 




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