逃亡
「こちらに!」
体格のいい大臣が手招きする。
国王の兄貴分ともいうべきこの国の重鎮は広間で起こっていることを把握し、古くから伝わる隠し部屋へと国明たちを招いた。
国明はためらい無く美珠を抱きかかえ連れて入った。
「美珠様・・・しっかりしてください。くっそ、こんなに血が!」
そしてよく似た涼しげな目元ををした男に救いを求めた。
「父上!どこか隠れるところは?それに癒すところも!」
「落ち着け。しかし・・・こんなに血が・・・。早く、ここに。」
そう言うと大臣は暖炉の奥の石の出っ張りを押した。
暖炉の奥がガコンという音と共に開き、すぐに安全を確かめるためか、隠し通路にまず暗守が入って行った。
「三百年前に作られた隠し通路だ・・・。入ったら必ず鍵を掛けるのだ。」
「父上はどうなさるのですか?」
「敵をひきつけておく。お前達は早くここへ。」
「しかし、周りはもう敵しか!」
「案ずるな。お前達が逃げ切った頃を見計らいここを出るさ。お前は美珠様をお守り申し上げるのだぞ。お前の命をかけて・・・。」
父の瞳には迷いはない。そして息子の返事を聞くこともなく扉へと歩いてゆくと剣を抜いた。
最後かもしれない。
国明はただ唇をかみ締め父の後ろ姿だけを見つめていたが、後ろから相馬に背中を押され隠し通路に頭を入れた。
「国明、一度おろせ。」
美珠を床に降ろすと、魔央がもう一度回復の魔法をかけ始める。
美珠の体から既に大量の血液が奪われ、顔色は土色に近く、指先も冷たくなってしまっていた。
国明は自分の体温を伝えようと必死にその手を握った。触れ合った所はかろうじて国明の温かさが届いているようであった。
相馬は思いついたように自分の腰に付けていた袋から、布を出し、美珠の脇腹にきつく巻いた。
「痛い・・・。」
「痛けりゃ大丈夫だ。我慢して!しないと血がダダ漏れなんだよ。」
白い布はすぐに真っ赤に染まってしまった。
「命を懸けて守るとお約束したのに・・・。どうして俺を、俺なんか。」
すると美珠は微笑み少し指を動かした。
「そんなに自分を責めるな国明。」
「そうだよ!まだ逃げないといけないんだから。」
暗守と相馬が肩を叩いて歩き出した。
何時間狭い通路を歩いただろうか出口らしき扉が見えた。
重い鉄の扉であったが、何とか男二人がかりで押すと隙間が空き、光が差し込んだ。
その隙間から出ると、山の中腹に出たようだった。
「城の北だ・・・。」
暗守が周りを見て言う。
すでに外は夜が明け空が白み始めていた。
「早く医者に診せないと。」
国明の言葉に魔央が思い出した。
「もう少し北に行った港町に、医者がいる。」
「もう少しとはどのくらいだ。」
その暗守の声が遠くに聞こえた。
この時、美珠の意識はすでに遠のき始めていた。
「おそらくこの山の反対だ。」
魔央は反対を向き、指を指した。
「とにかく行くしかない。」
そう叫ぶやいなや国明は走り出し、その後ろに皆続いた。