誰の背中
「私の名は 孝従・・・。」
そう男が名乗った途端、王は叫んだ。
「やはりお前か、孝従!武闘大会の頃より怪しいと思っていたが・・・やはり、生きていたのだな。お前を大会で見た時、胸騒ぎがしたのも今になれば納得できる。」
「お久しぶりです。国王陛下。・・・別に姿を消していたわけではありませんよ。どうして私が自分より弱いものから逃げる必要があるのです?」
孝従はまた騎士を一人斬った。痛みを訴える声が部屋に響いた。そして孝従は美珠に近寄ってゆく。
「誰か!誰か美珠を助けてやってくれ。国明!」
間を竜騎士に防がれ誰も近づくことが出来ない。
竜騎士、四人に囲まれた国明の顔に焦りが見えた。
「魔央!暗守!」
教皇の声を聞かずとも魔央も魔法を駆使し、暗守も騎士を斬って進もうとしていた。
しかしその間にも美珠の方にゆっくりと孝従は進んでいく。
それはまるで皆の反応を伺っているようであった。
まるでいたぶるように、愉しむように、一歩、一歩進んでゆく。
美珠はそんな中、少し何かを思い出した。
自分を背中でかばう少年が斬られ、倒れる姿。
そしてその先には慕っていた優しく若い教官がいた。
・・・今は孝従と呼ばれる男がいる。
男は美珠の前まで来ると、無情にも剣を振り上げた。
(死ぬ!)
美珠は目を閉じ衝撃と痛みを待った。
キンッ。
金属のぶつかり合う音が目の前で聞こえ、恐る恐る開けた目に誰かの背中が見えた。
(珠・・・以・・・なの?)
けれどそれはすぐに違うと判明した。自分よりも二周りほど大きく広い男の背中。
「国明さん!」
「下がって下さい。」
国明は自分の周りを囲んでいた四人の騎士を倒し、そして孝従の剣を受け止めていた。
それは、まるであの時の様だった。
珠以が自分を守ってくれたその姿を見ているようだった。
孝従が次の攻撃に移ろうとした瞬間美珠は動いていた。
「あ・・・・珠以!ダメ!死んじゃう!」
「え?」
「美珠っ!」
教皇と国王の悲鳴が重なった。
美珠は国明の腕を両腕で思いっきり引っ張った。
迷いも躊躇いも何も無かった。
「美珠さまあああ!」
国明の絶叫が部屋を支配した。
その部屋だけ時間が止まったようだった。
「っ・・・・うう・・・・は・・・。」
美珠の脇腹に深々と孝従の剣が突き刺さり、剣先から滴る雫が国明の目の前に落ちた。
「美・・・珠さ・・・ま・・・。」
そして孝従が剣を引き抜こうとすると美珠の体は一瞬棒のように硬直し、貫かれた場所から血が噴出した。
「あ・・・う・・・。」
美珠が痛みの為脇腹を押さえるとべっとり血が付き、立てずその場に倒れこんだ。それを国明が両腕で抱える。
すぐに二人の下に血溜まりが出来上がった。
「珠・・・以・・・。」
国明はその名前を聞いて首を振った。
「そんな!美珠様・・・。どうして・・・。珠以なんてどうだっていいじゃありませんか!」
「珠以・・・会い・・・たい。」
「美珠様・・・。」
「お望みのままに、珠以の所に行かせてあげますよ。」
孝従が笑いながら剣を振り上げたその時だった。
ズガン、ズガン、
それは聞いたことのない音だった。部屋に火薬の匂いが立ち込める。
「何!」
「美珠様生きてる?」
相馬が体中に弾薬をつけ、この国にはまだ輸入されていない小さな銃を持って立っていた。
「相・・・馬・・・ちゃん。」
「これでも喰らえ!」
相馬が爆弾を騎士に投げつけると閃光と爆音と爆風が部屋を包んだ。竜騎士達は新たなる敵の出現に退き、その隙をついて暗守、そして魔央が美珠のもとに到着した。
「美珠様!何で前になんか・・・。何で俺を庇ったり・・・。」 国明は血で汚れた美珠の手を握る。
その間に魔央が回復の魔法をかけた。暗守は騎士を寄せ付けないように戦っていた。
「もうすぐ弾が切れる。逃げるよ。」
相馬が後ろに小声で呟くと、国明が美珠を抱き上げた。
「美珠を頼んだぞ!国明!」
「はっ!」
「では、我々も退くぞ!」
教皇は娘に視線を送りつつも静かに頷いた。
すると国王は王座の後ろにある隠し扉を開けそこに騎士達は吸い込まれる様に入っていった。聖斗と光東も騎士達が入ったのを確認すると目で合図しあい隠し扉に入り、何人たりとも入れぬよう扉を閉めた。