馬鹿姫の覚悟
「元気、ありませんね。お疲れですか?」
美珠はその声を聞くやいなや、布団から顔を出した。
「っつ・・・。」
慌てて髪をなでつけ、身支度を整える。
窓に孝が腕を組んでたっていた。騎士ではない彼は黒いシャツに、黒いズボンという軽装で、剣一本だけを帯びていた。まるでその姿は牙を持つ黒豹にすら思えた。
「いつからそこに?」
「今しがたですよ。さっきまでここを団長達がうろうろしてたんで会いたい気持ちを抑えながら、様子を伺ってました。・・・美珠様と逢引していることがばれたら、お互い引き離されてしまうかもしれませんし。」
「・・・引き離される?あの人たちがそんなこと・・・。」
するはずがない。
そう思った。はじめは反対しても話をすれば父、母よりも理解してくれる。どこかでそう感じていた。
「いいえ、団長達はそういう奴等です。・・・騎士など、自分の力を過信し、その力をどう使えばいいのか判らない愚劣な生き物なのです。」
「そんなことないわ!皆さんとても良い方よ!」
「なら、美珠様の館を襲ったものたちや・・・今も村々を襲う騎士達は?あれは?正直、私には団長達自身がこの争いを止めようと積極的に動こうとはしていないように思えるのですが。」
そう言われてしまうと自分の中で自信が揺らいだ。
ばあやたちの命を奪ったのは騎士。
今でも多くの陳情が寄せられる騎士同士の争いに巻き込まれる市民。
(だからこそ・・・、それを止めるための共同生活で・・・。)
けれど自分は国明避けるようになってしまった。目の前にいるこの男の人を選んだために自分の中で切り捨ててしまった国明。
結局、自分は国の、民のことを考えることよりも自分が愛する人を選んでしまった。
黙りこんだ美珠に孝は近寄り、顔を覗き込んだ。目が合うと美珠は視線をそらし、赤くなって俯いた。
「な、何ですか?」
「どうして騎士など必要なのでしょうね?」
「え?だって国を守るため・・・。」
騎士が必要なのかという問いをかけられたのは初めてだった。美珠は面食らってそれ以上いえないでいると、孝はそんな美珠の手に触れた。
「彼らがいるからこそ、この国はまとまらない。国を守るだけならば、軍だってできる。」
「・・・。」
言われてしまえば、その通りだった。
黙り込んだ美珠の手を孝はなで続ける。
こういったことは国明に尋ねて、必要ですと一言ぴしゃりと言ってもらえれば美珠は満足したに違いない。
けれど、今はそれはできない。
思いつめた美珠を見て孝はその手を離した。
「もうしわけありません。意地悪な質問でしたね。・・・こんな話・・・。」
「いいえ・・・。」
本当は政治的な質問など嫌いだった。して欲しくはなかった。
為政者など性に合わないと考える自分よりも大臣や専門の官吏に任せておくほうが、国は回って行くのだから。
「そうだ。いつ結婚のお願いをさせていただきましょう・・・。」
「え?」
それは妙に明るい声だった。それは明らかに沈んだ、美珠に元気をくれる言葉。
「私もいつまでも好きな女性の部屋に窓から侵入するというのは寂しいもので、国王様や教皇様に美珠様のことをお願いしたいのです。」
男性からそういってもらえるのは正直嬉しいもの。美珠の口元が緩み、嬉しそうに相手を見つめた。
相手は美珠が政治の話よりもこちらの話を好んでいるというのがまるで分かっているかのようだった。
「ありがとう・・・。嬉しいわ。」
そして美珠は彼と自分との未来について、そしてどうやってこの人を父、母に認めさせるかということを考え始めた。
どこで二人のことを伝えるのが一番良いのか。
二人の仲を伝える緊張を考えれば今から体が汗ばみそうだったが、そのくらいの勇気は自分の中に存在した。
「そうだ。私の優勝祝賀会と教皇様の在位を祝福される会が同時に催されるのですよね?」
「ええ。例年、優勝者には祝賀会があって・・・・。まさか!」
すると孝は満面の笑みで美珠をみて頷いた。
「私の祝賀会です。そこを使わない手はないでしょう?」
「珠以・・・。」
「きっとそこが我々の到着点なのですよ。貴方と・・・私のね・・・。」