胸の異変
「止まってください。」
美珠の声は自分でも驚くほどこわばっていた。
相手が素直に足を止めたことに少し安心し、美珠は改めて相手の顔を見た。すらりと伸びた長身、少し細い目に国明の作り笑顔ばりのやさしげな表情。
(この人を昔から知っているような気がする・・・。)
陽の光を浴び、キラキラと噴水から吹き出た水が光っていた。
「ここで・・・何を?」
「美珠様を守るためここに参りました。」
「え?」
何のことかがわからなかった。
(この人・・・は一体・・・。)
「それが私の心からの願いなのです。私はこの命尽き果てるまで美珠様をお守りしようと決めたのです。そして私がこの国で一番の剣士になった暁には・・・。」
男は美珠を見つめて止まる。
美珠の顔はその言葉だけで興奮のあまり赤くなっていた。
それは珠以の言葉だった。夢の中で聞き、現実の世界であったらどんなに良いかと考えていた珠以の言葉。
現実であって欲しいと何度望んだか知れない言葉であった。
「あなた・・・、誰?」
美珠は答えを求めていた。その問いを聞いて男は美珠から視線を池に移す。
「孝と申します・・・。今はそうとしか名乗れません。そして私は約束どおり一番になることが出来た。今度はあなたの番です・・・。この国を一つにして、平和を。」
(この人は・・・絶対に珠以だ。)
そう思うと美珠の胸が痛んだ。
胸を押さえ男の顔を見る。けれど子供の頃の珠以の面影はない。
「私・・・部屋に戻りますね・・・。」
美珠はそう言い残すと走っていった。
部屋に入ると、ずるずると絨毯の上に座り込む。
子供の頃の珠以と結婚するという約束。
親に決められた、団長と結婚しろという命令。
二つの重大な物の間に美珠は揺れ動いていた。
(どうしましょう・・・。あの人は私の大好きな大好きな珠以です。だって、こんなに胸が高鳴っているんですから!こんなに胸が震えることはこと今までありませんでした・・・。)
珠以の言葉を知り、自分の言葉を知るものが現れた以上、何か隠されているはずだった。
(知りたいのに・・・ばあやがいない。・・・ということは直接お父様にお聞きするしかありません。)
美珠は侍女に命じて、用意をさせた。
(お父様ならば絶対何かを知ってます!絶対全てを吐かせます!)
美珠は馬車の中で父親と対峙する覚悟を決めた。