姫君ご乱心
美珠が目を開けると暗守が視界に入った。
「暗守さん・・・。」
暗守の兜の中に秘められた表情は分からなかった。
視線をずらすと竜桧以外の団長達の姿が視界に入る。美珠は黒の目をまた暗守に戻すと、ため息をついた。
(頭が痛い・・・。それに夢がどんどん生々しくなっていきます。まるで体験したような夢・・・。それとも私が忘れているだけ・・・?でも、でも自分にはその頃の記憶があります。ずっと王宮で、侍女に囲まれて、刺繍をしたり本を読み暮らしていたのだから。)
「美珠様?」
「私の家は無事ですよね。変な夢見ちゃって・・・。」
暗守の表情は仮面で分からなかった。
「申し訳ありません・・・。我が騎士団の責任です。」
聖斗が後ろから声を出した。
その言葉で血まみれの景色が浮かび上がる。
「・・・ばあやは死んだの?」
震える声で誰ともなく尋ねる。暗守は静かに頷いた。
不意にあの光景が浮かんだ。ばあやを殺したのは暗黒騎士団。あの者たちはばあやをまるで人間として見ていなかった。体中に怒りがこみ上げる。
「芹は?・・・皆は?」
「誰も・・・。」
国明の声が耳に届いた。
玄関で出迎えてくれる芹。
子供の頃から世話してくれた静祢。
二人の遺体はエントランスに転がっていた。
私と年の変わらない新米の侍女は逃げようとしたのか食堂への入り口に倒れていた。そのほかの家に住んでいた者たちの顔が浮かんでくる。怒りでギュッとこぶしを握った。
(私を狙ったのなら・・・ただ私を殺してくれれば良かったのに・・・。でもその前に敵を!)
「・・・私が死ぬ前に敵を取ってやる。」
美珠は叫んで暗守の帯びていた剣を取った。暗守は反応が遅れた。
「美珠様!」
「通しなさい!いくらあなた方でも容赦しません。」
美珠は連日の変な夢のせいか、剣術が使えると思った。
しかし一番後ろにいた光東は扉の鍵を掛けた。
「何をしているのです。」
「今のこの姿を他のものが見れば気がふれたと考えるでしょう。さあ剣を置いて。」
魔央だった。
「気がふれた・・・。私を襲ったもの達よりも、私の方が気がふれたというのですか。」
(誰も傷をつけたくない、ただ退いてくれるだけで良い・・・。)
「我々は命をかけてもここを死守します。貴方のために。」
暗守の言葉を聴いて美珠は剣を構えた。
(自分が間違っているのかも知れない・・・。けれど殺されたばあや達の恨みを晴らしたい。敵を取らないと。)
美珠は走り出した。
丸腰の暗守を早さで抜くと、魔央の放った束縛の魔法を斬る。
そして前に飛び出てきた聖斗に斬りかかったが、聖斗にはじかれた。
(ここを出ないと、敵を討てない。今度はこの人達が襲われるかも・・・、お父様達が襲われるかも知れない。やだ!そんなの!)
美珠は精神を集中させ、目を閉じた。
真っ暗な目の前に炎が浮かんだ。
その瞬間美珠が持っていた暗守の剣に炎が巻き付いた。
美珠は静かに目を開け、相手を見据えた。団長達は何故美珠が魔法剣を使えるのか分からず驚き一瞬だけひいた。それを見た美珠は聖斗の剣を溶かして斬り、光東の前に立った。
「開けて下さい!」
「出来ません!」
光東の怒鳴り声とともに傍から氷の魔法剣が飛んできた。美珠は素早く反応したが、後ろから暗守に羽交い締めにされた。
「放して!」
しかし力のある暗守の腕はピクリとも動くことはなかった。
聖斗がすぐに美珠の剣を取り上げた。
美珠は暗守に羽交い締めにされたままペタンと床に座るとただ小さくつぶやいた。
「私、思ったよりも剣術が出来るのね・・・。」
「どうして魔法剣を?」
魔央が訊く。美珠は自分の手のひらを見ながら呟く。
「全て夢よ、夢の中に出てきたの。剣術の練習をしている夢・・・。」
美珠に氷の剣を投げつけた国明は剣を拾い上げながら呟いた。
「夢・・・か。」
「お願いです!私、戦いたい!大切な人を守りたい!行かせて下さい!」
「美珠様・・・、私が剣術をお教え致しましょう。私が得た誰かを守るための剣を。」
「え?」
突然、聖斗が美珠の前に跪いて言う。
「本当に・・・?」
「ええ、あなたを強くする剣です。その代わり・・・敵と味方の区別はつけて下さいね。」