嵐の夜 後編
国明は何とか美珠を救おうと部屋に残っていた弓を杖代わりにして立ち上がった。
扉を開けると男の悲鳴が聞こえた。
「美珠様・・・。動けよ、足。なんで今日に限って動かないんだ。何の為に修行してきたんだよ!何を守るんだよ!」
一歩進むごとに男の絶叫が聞こえる。
誰か敵を倒してくれているのかも知れない。
ひょっとすると誰かが家に残っていたのか。
国明は淡い期待を持ちながら階段までたどり着いた。すでに国明の呼吸は乱れていた。しかし階下の様子を見た国明は呼吸をすることすら忘れた。
血が飛んで白い壁に付着した。
自分が守ると誓った姫が、無表情で騎士を斬っていた。
騎士と言うからにはかなりの訓練を積んでいるはず、しかし美珠の前では騎士達は何の力も発揮できていない。
国明はギュッと拳を握ると、弓を持ち、階下の魔法騎士めがけて弓を射た。ドスッという音と共に男が倒れる。
美珠は新たなる敵かと階段を見て、国明の姿を確認すると一つの涙を流した。
国明にはその涙は見えなかった。
退け、という、男の声が聞こえたのはそれからしばらくしてからだった。僅かに生き残った騎士達は一目散に逃げていった。
「美珠様!」
国明は呆然と立ちつくす美珠に声を掛ける。
その声に美珠は反応し、国明の姿を確認してから、おぼつかない足取りで歩いてきた。
「美珠様。」
国明は自分の前まで来て立ち止まった美珠を腕力で引き寄せる。美珠の体はその場に崩れ落ちた。
「みんな死んでた・・・。ばあやも・・・静祢も。芹も・・・。」
美珠の顔は返り血で汚れていた。しかし美珠の瞳から落ちる涙しか国明の目には入ってなかった。国明は美珠の顔を自分の服の裾で拭い、抱きしめた。
「あなただけでも・・・、生きていて下さって良かった。」
それが国明の正直な気持ちだった。
国明は美珠を抱きしめながら、血の付いた髪を優しく撫でていた。
雨はいつの間にか止み、ただの静寂が二人を包んでいた。
二人はどれだけの間抱き合ったままでいたのか、ガチャッリという音がして扉が開き、誰かが家に入ってきた。
「あれ・・・誰もいないのか。せっかく戻ってきたのに・・・。すごい雨だったなあ。」
国明は団長の一人がその声の主だと言うことに気がついた。
「竜桧?」
「国明?そこに居るのか?何で誰もいない?」
明らかに不審がっている声だった。
そして何かにけつまずいた。
「ん?何?」
目をこらせば物体の輪郭を見て取り事が出来た。事情を察したのか竜桧の声が一瞬にして張りつめた。
「何があった!」
「全員教会側だ・・・。誰か呼んでこい・・・。」
「ああ・・・。」
竜桧はお付きの者に国王側に知らせに行くように言い、自分は教会へ向かった。
「国王様、一大事でございます!」
「どうした。」
国王は過去の騎士の記録から顔を上げた。
「美珠様のお屋敷が教会側の騎士に襲われ、多数死人が出た模様で!」
「何だと!美珠は?とにかくお前は騎士を連れて早く行け」
光東に命じると、光東は頭を下げて走って出て行った。
国王もそのすぐ後を走り出した。
一方、竜桧は突き刺す様な視線の中教会に入る。
そして夜の祈りをしている教皇のもとへ、ズカズカと進んでいった。
「何をしている!」
聖斗が止めに入ったが、竜桧は聖斗の胸ぐらをつかみ、突き飛ばした。
「何事です。」
教皇が祈り場の中からつとめて冷静に声を掛けた。
「美珠様が、教会側の騎士に襲われました。」
その言葉に教皇は目を見開き立ち上がった。
「何ですって!それで美珠は・・・。」
「まだ分かりません、とにかく生きているのは国明だけです。」
「他の団長を呼びなさい!騎士を連れて美珠のもとへ行きます。」
教皇は上着を羽織ると、走って愛娘のもとに向かった。