準決勝
『珠以は?』
美珠は王宮の庭で立っている珠利に声を掛けた。
『・・・教官にしごかれてる。』
珠利は前を指さす。
指の先には一対一で戦う大人と少年。少年は木刀で何度も何度も殴られていた。
『あれでは珠以が死んでしまうわ!』
『行っちゃダメだよ!ちょっと、美珠様!』
『教官、そんなにしては珠以が死んでしまう。』
『美珠様、この世は弱肉強食なのですよ。強いものが生き、弱ければ死ぬのです。例えそれが子供でもね。』
そう言うと地面にぐったりと倒れ、口から血を流している珠以の髪をつかみ持ち上げ、更に地面に叩き付ける。珠以の体が悲鳴をあげた。
『珠以に痛いことしないで!』
『姫、命令するだけが能ではないのですよ。自分も強くなり、人を従える力を持ちなさい。』
『姫に手を出すな。』
突き飛ばされ尻餅をついた美珠を見て珠以がよろよろと起きあがる。
『もう騎士気取りか・・・。』
馬鹿にされ、珠以は悔しそうに唇をかみしめると教官につかみかかっていった。
『珠以!』
割れんばかりの歓声で意識が戻った。戦いは準決勝まですすみ、国明が準決勝の相手を数秒で倒し、彼を崇拝する部下たちが割れんばかりの歓声を上げていた。
国明は美珠に微笑むと、次に控える聖斗に笑いかけた。まるで次の対戦相手を楽しみにしているようだった。
準決勝、二試合目は聖斗と騎士団ではない男。
「あれは・・・。」
美珠はそれが先程自分を見ていた男であることに気が付いた。そしてその男は暗守が自分たちよりもはるかに強いと認めた聖斗を圧していた。
聖斗は防戦一方になっていた。勝敗はあっけなくついた。聖斗は防御に気を取られていたあまり、場外に出てしまい、失格となった。
聖斗は試合が終わると自分の不甲斐なさに悔しそうに地面を叩き、教皇を見てから美珠を見た。
(聖斗さんは決して手を抜いていたわけではないのでしょう。それは分かりました。けれど、相手の方が格上のようです・・・。国明さんは大丈夫でしょうか?)
美珠が観客席から出て、控え室へと向かい聖斗の前に立った。
控え室の隅で聖斗はうなだ崩れるように座っていた。
「残念でしたね・・・。」
「精一杯、やり抜いてこの結果です。罪は覚悟しています、しかし私が悪いのです!」
突然叫んだ聖斗の声に周りにいた人々が驚き目を向けた。その
聖斗が周りを見返すと、皆は視線を戻した。
美珠はそんな男の前にしゃがみこんだ。
「罪とは・・・何のことでしょうか・・・。私には分かりません。一つだけ教えてください・・・これから母とどうするおつもりです?」
聖斗は頭を下げた。
「もちろん・・・騎士として教皇様をお守りするつもりです・・・、男としてではなく・・・。」
「私も・・・女として、母の気持ちが分からなくはありません。ただひたすらに人の心をすくう母だって誰かに救われたい。そんな孤独な母を癒してくれてありがとうございました。私は貴方たちのしたこと、罪とは思えません。」
「美珠様・・・。」
「でもやっぱりこれからは騎士として母をお願いします。それに・・・私もできる限り母を助けたいと思います。」
美珠はそれだけ言うと息を吐いて立ち上がり部屋から出た。
母の時には何も言葉にできなかった。けれど今は何故か言葉が湧き出た。
(教皇は寂しい仕事・・・ですか。)
今までそんな風に考えたことがなかった。
母である教皇はいつも正しく、気高いと思っていた。
そして美珠は呟いた。
「ごめんなさい・・・お母様。力になってあげられなくて。」
光の射さない廊下は侍女が一人歩いているだけだった。立ち姿に妙な色気がある侍女に美珠は控えめな視線を送った。
女はすれ違うと、ニヤッと笑い、暗闇に隠れるように立っている男に声をかけた。
「さあ、あんたの出番でしょ?ずっと過去を消され隠され続けてきたあんたの・・・。」
「そうだな。じゃあ、俺を思い出させてやるとするか・・・。」