お詫び行脚
(何から話せばいいんでしょう。)
思い悩んで廊下でうつむいて歩いていると、誰かの足が視界に入った。慌てて目を上げると黒一色の騎士。けれど美珠はそれが誰かすぐに分かった。
「あ、暗守さん!何なさってるんです?」
「心配しましたよ。」
「ご、ごめんなさい。ご迷惑かけて・・・。」
「いいえ、そんなことは良いんです。美珠様・・・。おかえりなさい。ご無事で何よりです。」
暗守は兜の中のきれいな青い目を細めて言った。その言葉が嬉しくて美珠は極上の笑顔で返した。
「ただいま。」
「失礼します。」
教皇の部屋の明かりは落とされ、侍女が付いていた。侍女は美珠の顔を見ると笑顔を作って出て行った。一方、母親は静かに椅子に腰掛けていた。
「・・・ご心配お掛けいたしました。」
「怪我などありませんか?」
「ええ・・・。何も・・・。」
しばらく沈黙が続いた。どちらも何も言葉を発さない。お互い先に相手が切り出すのを待っていた。
(母に聞くために、母の寂しさを癒すために帰ってきたんじゃないの?がんばれ私!)
美珠は自分で自分を何度も奮い立たせようとした。けれど目の前にいるたった一人の母に聖斗とのことを聞くことはどこかで自分と父が拒否されているような気がして、どこかで聞きたくないという思いもあった。
「では・・・失礼します。」
結局楽なほうに逃げた美珠は静かに部屋を後にした。
それから父と共に会場についた美珠は団長達の様子を伺う為、控えている場所に向かった。
「ああ、美珠様!」
美珠を見つけて走ってきたのは一番若い団長だった。
「竜桧さん!さっきはかばって下さってありがとうございました。」
すると竜桧は首を振る。
「ご無事で何よりです。」
後ろから杖を磨いていた魔央も声を掛けた。
「美珠様、本当に心配したんですよ。」
「ごめんなさい。」
光東の前にはあの女がいた。向こうも美珠を見ると睨んでくる。美珠は初音を無視し、光東に近寄った。
「すいませんでした。」
「そういうこともたまにはありますよ。」
「何言ってるの!お兄様が倒れたら貴方のせいよ!」
「初音、俺はこんなことで倒れないから。俺は団長だぞ?」
「それは分かってるけど・・・。」
納得したように見せた初音は最後にもう一度美珠を睨んだ。
その後、美珠は無意識に国明を探していた。国王騎士に囲まれている国明は美珠に優しく微笑んだ。
(この笑顔見ると少し安心します。)
笑顔で美珠はよって行った。すると、
「馬鹿姫決定ですかね。こんなに皆を心配させて。」
けれど国明は笑顔のまま言い放った。国明の部下たちは自分の上司が言い放った一言に驚きあわてたが、国明が取り繕うことはなかった。
美珠は背中が凍りつくような気がした。
(こ、怖いです!こ、この笑顔何でしょう・・・。は、まさか・・・怒ってらっしゃる?まずいですね、今はとにかく逃げて・・・。)
「おや?またどこかへいかれるんですか。今日は宮の中にいてくださいね。」
美珠は踵を返したまま頷くと、部屋の隅で全く気合いの入っていない聖斗を見つけた。
聖斗は美珠にも気がついていないのかただ視線を落としていた。
「あなたの思いというものを見せて頂けますか?」
美珠が一度深呼吸をして声をかけると、聖斗は少し顔を上げた。
「誰かを守るために強くなった、その思いの真剣さを・・・。あなたも生半可な覚悟では無かったはず、あなたの覚悟を見せて下さい。」
(見せられたら今度は自分が傷つくことになるかもしれません。もしかするとお母様はこの人を選ぶのかもしれない・・・。)
言葉はなかった。美珠は諦めて背を向けようとした。
その時、
「・・・分かりました・・・。あの方のため、私は戦います。」
その言葉を吐き出した聖斗の瞳には光が宿っていた。
二人を認めたくない。しかし、母もまた国の犠牲者かもしれない。母の誰かを愛したい、頼りたいという気持ちだけは少し共感できた。
美珠心はほんの少し上を向いた。
部屋を出ようとして美珠は視線に気付いた。
入口近くの壁に腕を組み、壁にもたれている男が美珠を見ていた。対戦が近いのか兜をつけていたがその合間から見える強い目力に射抜かれているようだった。
美珠の体の中で何かが信号を送ってきた。
美珠は部屋から飛び出すと、何度も人とぶつかりそうになりつつも早足で廊下を進んだ。心臓が破裂しそうな程バクバクと全ての血管を動かしながら、鼓動を打つ。
「・・・死にそうです。これは・・・何ですか?」