姫とツンツン頭
「し、っかしすごい騎士の数だねえ。美珠様相当探されてるよ。」
美珠は口を尖らして椅子に座っていた。外ではまだ眠らない街を竜に乗った騎士が歩くより少し速いくらいの速度で頻繁に往来していた。
「何すねてんの?おなか減った?はい。好きだろ?」
(な、なんでこの人私が桃饅頭が好きなことを?でも・・・食べたい・・・。)
美珠は何も言わずひったくるように饅頭を取ると部屋を見回した。
この男はこの宿屋にしばらく滞在しているのか、部屋に本や服が散乱していた。
「あなた一体誰ですか?私をこんなところに連れてきてどうしようというのです?」
「別にどうもしないさ。ま、美珠様にしても、野宿するよりましだろ?ほら、桃饅口の端についてるから。」
男は手早く数冊の本を布団の上からのけると、小さな机の上に置いた。それは美珠が開いたこともない本だった。
(兵法書ですか・・・?あんなにたくさん。)
「で、何があったの?教皇様と喧嘩した?それとも国王様の味方して睨まれた?」
(今回はそんな単純なことではありません。というよりも・・・なんでこの人そんなこと知って・・・。)
「あなたは誰ですか?」
「ううん・・・。まあ、美珠様を良く知る人間ってとこかな。」
「そんなの回答になってませんよ。気持ち悪いだけですから!正直に言ってください。」
「あんまりえらそうなこと言うと騎士呼ぶよ?いいの?」
(う・・・。この人国明さん並かもしれません。)
「そうそう、素直に言うこときいててよ。で、今回は何?」
(言えるわけありません・・・。)
「今日はもう寝ます!」
「あ、ちょっと!」
美珠は布団にもぐりこむと必死に目を閉じ、外部からの騒音を消そうとした。
しばらく男は美珠の周りを歩き回って何か作業をしているようだったが、終えると再び声をかけてきた。
「本当に教皇様嫌い?」
「嫌い・・・。」
「可愛がってくれないから?」
「それだけじゃない。色々あるの!」
「でも、その代わり美珠様には母親のように可愛がってくれる人がいるだろ?」
道代が心配している顔が浮かんだ。
自分がいなくなればきっと心配する。
「でもその人は美珠様を育てることに専念して、自分の子供なんて完全に切り捨てた。美珠様の乳母として勤めを果たすために、自分が生んだ子供をろくに抱くこともせず、ずっと美珠様を育ててきたんだ。教皇様もそれと同じ、教皇様は民の心の支えでないといけない。自分の子を支えるよりも、多くの民を支えることを選んだ。それだけだろ?」
「じゃあ、どうして!どうして父以外の男と!・・・あ・・・しまった。」
気が付くと布団を飛び出て叫んでいた。美珠は自分の失言に頭を抱えた。そしてその言葉に少年は少々面食らった。
「他の男・・・?不倫ってこと?そ、それはびびるなあ・・・。」
男は暫く言葉を捜していたが、息を吐いて美珠の隣に腰掛けた。振動で寝台が揺れた。
「でも、俺は教皇様に救われたことがある。昔、俺も母さんに愛されてないと思って、毎日が寂しくて仕方なかった。でも、そんな時教皇様は俺の前に座って愚痴をずっと聞いてくれた。それから、俺においしいお茶を入れて微笑んでくれた。それだけで十分だった。俺の母さんは俺の話すら聞いてくれてなかったから・・・。教皇様はそれを毎日なさってる。王都だけじゃなく、地方でも。じゃあ、そんな教皇様を支えるのは?本来なら国王様、美珠様なんだろうけど・・・常に自分のそばにいて、自分を守ってくれるそんな人がいれば頼っちゃうのも仕方がないといえば仕方がないんじゃない?」
「そばにいてくれる人・・・。」
国明の顔が思い浮かんで、ほんの少し心が締めつめられた。
(どうして・・・国明さんが・・・。)
美珠は頭を振ってそれをかき消した。
次に美珠の頭を占めたのは、この少年の母親だった。
「・・・あなたの母親はばあやなの?私が独り占めした人はばあやしかいないもの!じゃあ、あなたがばあやの話に出てくる相馬ちゃん?」
「ああ・・・そうだよ。今頃気づいたの?」
「ごめんなさい、あなたにまで寂しい思いをさせて。今まで私が憎かった?」
「もう慣れたよ。昔から美珠様には我侭言われて桃饅とられたり、珠利と罠にはめられたり・・・、っとしまった!」
「え?珠利?」
美珠が聞こえた名前に過剰に反応すると相馬は乾いた笑顔を作った。
「え?俺何か言った?」
「言った。確かに聞こえました。」
「ま、いいじゃんそんなこと。桃饅十個あげるから、機嫌直して戻ろう?それで、教皇様とちゃんと話しよう。」
(お母様も寂しかったのかもしれない。だからあんなこと・・・。)
「うん。そうですね。お母様とお話がしたいです!」
「よし、決定!戻ろう!」