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思い出ー夏の終わりー

作者: 依

思い出ー春の終わりー

と同じ感覚で書きました。


でもこっちの方が長いです。

よろしければお読みください。

 

『ー受験、頑張ってね、私も頑張るから!』


 …なんて、言ってたくせに。

 今度会ったら、耳が痛くなるほど文句を言ってやる。


 今度…会えたら…。


 久しぶりに開いて見ていた小学校の卒業アルバムに、雫が零れ落ちる。


 滲んでいく視界にようやく自分の涙だと気がつくが、認めたくなくて上を向いた。


 ーーーーーーーーーーーーー


 俺は夏が嫌いだ。


 蒸し暑いし、日に焼けるし、時折頭がぼーっとする。

 特に、水泳の授業が一番の理由だ。泳ぎは嫌いじゃないが、前後の着替えが面倒臭い。男だけど。


 俺はいつだってそうだ。面倒くさがって、あと回しにして、必ず後悔する。それでもまた同じことを繰り返す。


「五月蝿い…」


 お馴染みの桜並木に入ると、途端に蝉の声がうるさく鳴り響く。

 これでも、少しマシになった方なのだ。この前までは耳を塞いで走って行くほどに五月蝿かった。


 部活になど入らなければ良かった…。


 こんな暑い日に外で走り回っている小学生は辛くないのだろうか。

 俺はサッカー部で走る時さえ、暑すぎて頭が朦朧としていたというのに。


 そして俺は何本目かの水のペットボトルを開けた。


 田舎とはいえ、自販機が多くあるのには助かる。実際、もう今日の午前中だけで3本は飲み干した。


 授業中は何年か前に取り付けたクーラーがあるから良いものの、運動部では、そうはいかない。


 高校生活一回目の夏は、暑さのせいですごく長く感じる。


 いつもの曲がり角まで歩くと、ほっと息をついた。端にある公園の木々が良い感じに日差しを遮って道路のほとんどが日陰になっている。


 生き生きとした緑色の葉が生い茂る桜並木を横目に、俺は日陰の道に入った。


 ーーーーーーーーーーーーー

 小学4年の夏休み。


 じりじりと肌を焼くような暑さに、今日も汗を拭った。


 先日渡されたプリントと、教材を幾つか持って、俺は、学校に向かっていた。




『遅かったね。』


 教室で席に着いた俺を見て、一番に話しかけてきたのはクラスの女子だった。


 何故か仲の良かった友達は男女合わせても彼女しかいなくて、夏休みの補習でも毎回隣の席に座っていた。


『遅くはない。時間的には。』

『それもそっか。』


 俺の言葉に頷いて微笑むその笑顔に、何度救われたことか。


 だけど、俺は、その笑顔も裏切ったのか。


 ーーーーーーーーーーーーー

 授業中に、隣席から彼女が、鉛筆でそっと俺の肩を叩いた。


『もう夏も終わりかな、早いね。』


 窓の外では、眩しく輝く太陽が、青く生い茂る葉を照らしている。


『まだ8月だぜ。』

『でも、来週で9月だよ。』


 なにが根拠でもう夏が終わりだと言っているのか、俺にはよく分からなかった。

『そうだな。』


 彼女も俺も受験組だった。

 6年生になってから知ったその事実に、彼女は嬉しそうに、何度も何度も、

『頑張ってね!』

 と言っていつもの笑顔を見せた。


 彼女は頭も良い方で、俺なんかよりずっと簡単に入れると思っていたから、俺の返事は曖昧で、愛想のないものだった。


 お互いに受験の成功を打ち明けた時も、彼女はすごく嬉しそうだった。俺はそんな彼女に少し飽きていたのかしれない。


 それから卒業までの時間は、話しかけられても、二、三言交わしてでその場から去ってしまうようになっていた。


 中学校に入ってからは、新しい友達もたくさんできて、勉強も今までより大変になったこともあり、小学校でのことを思い出す時間も減っていった。


 彼女からは時々手紙が届いて、学校でのことや、俺へのメッセージが律儀に綴られていた。


 彼女のことは、手紙が届くたび、ああ、そういえば携帯を持っていなかったな。と思い出した。


 7月の終わり頃、卒業アルバムを受け取るために、久しぶりに小学校を訪れた。


 しかし、そこに彼女の姿はなかった。


 たいして気にしていなかったが、先生に彼女のことを尋ねると、先生は一瞬顔を曇らせた。それから、そばにいた別の先生と小声で一言話してから、小さな声で俺に彼女の死を告げた。


 目の前が真っ暗になるのを感じた。


 なにも言わずに駆け出して、家についてから、面倒臭いと放っておいた彼女の手紙を広げて読んだ。


 彼女の幸せな日々が綴られた便箋は、たちまち俺の涙に濡れた。


 その後、久しぶりに声を上げて泣いた。


 何故自分が泣くかは分からない。でも、密かに会えることを期待していた自分に気がついて馬鹿馬鹿しく思った。

 何度だって、会える機会はあった。

 まだまだ楽しく話せる時間だってあった。

 もう少し勉強すれば、彼女と同じ学校にだって入れただろう。

 手紙にきちんと返事を書いていれば…。


 そんな俺の声も、まだ五月蝿い蝉の声に掻き消された。


 ーーーーーーーーーーーーー


 俺は、夏が嫌いだ。


 この蝉の声が聞こえるたび、眩しい太陽に目をほそめるたびに思い出してしまう出来事があるから。


 卒業アルバムから無理矢理切り取った写真の中で、彼女は笑っている。


 こんな暑い日にも、彼女は笑っていた。

『君と一緒だからね!補習だって楽勝!』


「そーかそーか。そりゃその子は幸せだな。」

「なんで」


 俺の話を聞いた先輩が楽しげにそう言った。


「だって、大好きな友達にいつでも思い出して貰えるんだろ。」

「でも俺は」

「それなら、楽しい思い出沢山思い出してやればいいよ、お前は、めんどくさがりのくせに昔んこと後悔してたら前に進めないって。」


 先輩は、頭の上で手を組み直してニヤッと笑った。

「それに、夏が嫌いだー、て言うけど、その子んこと嫌いなわけ?」


 夏が嫌い、思い出しちゃうから?

 それは違うんじゃないかなー。


 などと、

 先輩は、適当に言っているように見えて意外と良いことを言う。


「いや、好きだけど。」

「なら、夏を嫌ったら可哀想だ!ほな、さいならー。」


 俺の相談にのってくれていたが、この答えで良いのだろうか。


 先輩は最後に自分がしゃぶっているのと同じ飴を俺の手に押し付けて自分の家の方向に走っていった。


「…スイカ味?」


 もう蝉の声もほとんど聞こえない。代わりに、秋の訪れを感じさせる涼しい風が通り抜けていく。


 3年たってもほとんど変わることのできない俺は、ダメな人間だろう。


 桜並木に入ると、ほんの少し、色の変わってきているはがちらほら見られた。


 それでも移り変わっていく景色に、何かを感じることができたなら、俺はもう少し夏を好きになってみようと思う。


 君の笑顔を思い出す、あの暖かい太陽の季節を。



「甘い…」

 先輩がくれたスイカの飴は、暑い日に君と並んで食べた西瓜を思い出させてくれた。

お読みいただき、ありがとうございます。


連載小説もかいてはいるのですが、まだ最新話の途中で悩んでいるので、こちらを書かせていただきました。


秋バージョンも書くかもしれません。

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