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冬の流星群  作者: 悠里
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中編

 それからは帰りが遅くなったときに雅紀に会っても、彼はなにか言いたそうな顔をするだけで話しかけるでもなく去って行くようになった。

 始めはそんな雅紀に心苦しく思っていたけど、私も絵に打ち込むようになって、彼のことを気にかける回数も少なくなった。

 冬休みに入って顔を合わす機会がなくなったら、なおさら、絵以外に考えごとをする余裕はなかった。

 大みそか、絵を描きながら除夜の鐘を聞いて。針が十二時を指し、もう寝ようかと思ったとき、受験の年になるのだから今年くらいはと母に連れられ初詣で行くことになった。

 大学の合格ラインは私の成績からそれほど離れているじゃない。まともに勉強すれば、簡単にとおるはずだった。

 だから、お母さんには申し訳ないけど、早く家に帰って絵を完成させたいとばかり考えていた。冬休みに入って、顧問に許可をもらって特別にキャンパスを家に持って帰っていた。

 夜気の冷たさに身がしまるのは元旦だからだろうか。それとも、雅紀と見たあの日の光景を思い出すからだろうか。

 澄んだ夜空を見上げながら歩く。湿度が低く風がちりをさらう冬が一番星がきれいに見える、と言っていた雅紀を思い出す。あれは何年前のことだったか。考えているうちに、母に前を向いて歩きなさい、とたしなめられた。

 神社で並んでいる人はそう多くなく、間もなく拝殿にたどり着き、お賽銭を投げて形だけ心の中で絵の完成を祈った。

 ゆっくりと歩き周囲を見渡す母を急かして、早く神社から出ようとする。


「詩織。おばさん」


 遠くで聞こえた声に、はっと声の主を探した。遠くてもすぐわかった。雅紀だった。


「あらあ、雅紀君じゃない。久しぶりねえ。一人?」

「いや、友達が今トイレに」

「そうなの。彼女さんと一緒かと思ったけど、さすがに高校生でこの時間はだめよねえ」

「お母さん!」


 無神経さにきつい口調で言う。雅紀は苦笑してどちらともつかない返事で答えると、母は気にした様子もなく、別のことを聞き始める。


「ねえ雅紀君、おそばをどこで配ってるのか知ってる? 無料で配ってるって聞いたんだけど」


 いつの間にそんな情報を得ていたのだろう。確かに周りを見てみると、白いプラスチックの容器からそばをすすっている人が大勢いる。


「拝殿の近くで配ってますよ。もちも配ってましたけど」

「気がつかなかった。教えてくれてありがとう、取りに行ってくるわね。詩織はここで待ってて」

「お母さん、私早く帰りたいんだけど」


 届いていないのか聞いていないふりなのか、母は振り返らずにそそくさと拝殿へ戻ってしまった。

 取り残される私と彼。彼はどこかへ行くでもなく、黙って立っていた。話をする気なのだろう。


「ごめん、お母さんが」

「別に。長い付き合いだし、な」


 幼稚園のころから家族ぐるみの付き合いだ。間合いをわかっているのだろう。


「お前まで来てるとは思わなかった。絵は終わった?」

「ううん、まだ。描くのやめて寝ようとしたときにお母さんに連れ出されちゃった」


 雅紀はそうだろうな、と薄く笑う。


「俺も来る気はなかったんだけどな。星を見るついでに初詣行こうぜって流れになってな」


 あくまでもメインが星というところを見ると、一緒に来た友達は部活仲間なのだろう。雅紀たちらしい。

 私は顔をあげて、空を眺めた。


「今日は星がきれいだね。雅紀が悔しがってた日とは大違い」

「天候は絶好だな。明かりをつけてる民家が多いから星の光がかすんじまって、条件としてはあまり良くないけど」

「細かいことを考えすぎなんだよ雅紀は。一度だけ小学校のとき見に行った星はすっごくきれいだったよ。あの時は条件なんて気にせず見に行ったんでしょ?」

「まあそうなんだけど……。あとになって調べてみたら、俺が観測しに行った中で一番条件がよかったのはあの日なんだよな」


 感慨深そうに言う雅紀。


「でも細かいことを考えすぎっていうのは当たってる。条件抜きでもあれはきれいだった。もっと純粋に見た方がいいのかもな」


 そうか、私と雅紀の心に焼き付いている一番きれいな光景は一緒なのか。嬉しい。とても嬉しい。


「そういえば、あの時のお前のはしゃぎっぷり、見ものだったぞ。家に帰って、夜に出かけたことを親に叱られた後も、興奮しっぱなしだったんだって?」

「そうだったっけ? それより、何で雅紀がそのことを知ってんのよ」

「お前の母さんに聞いたし、学校で嬉しそうに絵を見せつけられたしな。くっそへたくそだったっけど」

「あのころの私、なんて暴挙を……。忘れて。絵の記憶は抹消して」

「無理。家にとってある」


 一瞬、目を見開いたあと「はあ?!」と大きな声が出た。


「ちょ、詩織うるさい」

「どうして持ってるの? 捨てて。お願いだから捨てくださいお願いします」

「嫌に決まってるだろ」

「うわーもう……。雅紀のバカ」

「はいはい暴言を言わない」


 いつか雅紀の部屋に忍び込んで自分の手で始末しよう、と決意を固める。

 そしてふと、沈黙が下りる。

 雅紀は少し悲しそうな顔を私に向けた。


「冬休み前も似たような会話をしたよな。あの時は俺が大声を出してお前に注意されたけど」

「そう……だね」

「考えは変わってない? 絵をやめるっていう」

「変わらない。心配しなくてもいいよ。やめて後悔なんてしないから」


 私が平凡な調子を装って言うと、雅紀は傷ついたようにつぶやく。


「そっか、そうだよな。……別にお前の覚悟を疑ってたわけじゃないんだ。ただ、確認したくて」


 胸がずきりと痛んだ。覚悟を持っているわけではなかった。絵で生きていく自信がなくて逃げた結果、この道を選んだに過ぎない。

 彼はいつも私を過大評価しすぎなのだ。


「あ、来た」


 ぽつりと言った雅紀の視線の先を見てみると、見たことのある男子が遠くで手を振っていた。雅紀はそれに手を振り返す。

 すぐに友達のもとへ向かうと思っていたのに、なかなか雅紀は動こうとしない。


「どうしたの? 行ってあげないと」

「いや……そうなんだけど」


 口ごもる雅紀。そして「あの、さ」と雅紀が遠慮がちに尋ねてくる。


「絵の入選発表のとき、俺も一緒に行っていいか」


 返事に詰まった。雅紀に見せたいという思いと、見せたくないという思いがせめぎ合う。

 けれども、それも一瞬だった。見せてあげたい、という思いが勝って、返事が口をついて出る。


「うん……お願い」

「わかった」


 雅紀は晴れない笑顔を浮かべて「じゃあな」と背を向けた。

 私は友達のもとへ向かう雅紀の背中を母に話しかけられるまで眺めていた。

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