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冬の流星群  作者: 悠里
1/3

前編

 幼いころは、つねに誰かの後ろについて回るような臆病な子供だった。

 夜の闇を怖がって、行きたくないと言う私の言葉も届かずに、強引に連れられて見に行った冬の流星群。

 帰りが遅くなって家族に心配をかけてしまい、それ以来見に行くことはなかったけれど、今でもその影響は残っている。

 落ちて来そうなほどたくさんの流れ星や、胸を躍らせた温度、同じ感覚を共有した空気。そんなすべてが心に焼き付いて、忘れることができない。


      *


「お前、またこんな時間までやってたのかよ」


 冷たい夜風が吹き抜ける下駄箱であきれ気味に言ったのは、飽きるほど長い間顔を見てきた幼馴染だ。

 彼も今から帰るらしく、カバンをたずさえている。

 どうせ彼も星に見とれて、遅くなったのだろう。


「雅紀だってさっき部活終わったところでしょ。人に言える立場なの?」

「良いんだよ、俺らは。天文学部が日中に活動しててもまったく面白くないし。でもお前は日中でもできるじゃんか」

「遅くまでやらないと年明けの県のコンクールに間に合いそうにないの。先生も完成させるためなら喜んで居残りの許可を出すって言ってきたくらいだし。とりあえず、帰ろう」


 不満げにしている彼を放って正面玄関から出ると、冷たい風が襲ってきた。辺りは真っ暗になっていて、学校の照明でかろうじて見える白い息が暗闇に消える。その白い息の先にある、遠くの街灯の明かりだけがぼんやり浮かびあがって見えた。

 靴を履きかえた雅紀が隣に並んだのを見て、冷たい指をポケットに入れ、足元に視線を落としながら歩き出す。

 間隔が広くあいている街灯が照らす道は、慣れた通学路とはいえ少し心もとない。


「そんな下ばっか向いてないで、上、見てみろよ」

「上?」


 立ち止まって空を仰いてみるけど、真っ黒な景色しか見えない。目が慣れていないのかと思って、しばらく睨みつけていたけれど、黒に塗りつぶされた空には何も浮かんでこなかった。

 からかわれたのかと思った。しかし彼は私の反応を楽しむでもなく、ぼんやりと空を眺めているだけだ。彼の真意が掴めず、拗ねたように言う。


「なんにもないじゃない」

「そう、なんにもない。お月さんもお星さんも全部雲の上に隠れちまってる」

「あ、ほんとだ。月もないね」

「今日はふたご座流星群の極大日だったんだ」

「極大日って?」

「ピークってことだよ。一番星が流れる日だ。それなのにあいにくの曇りでさ。部員のみんな雲間から見られないかってずっと粘ってたんだけど、とうとう帰らされた」

「残念だったね。でも、ふたご座流星群は毎年あるでしょ。流星群だけなら結構頻繁にあるし」

「やっと部で作ってた電波望遠鏡が完成して、今日初めて使う予定だったんだぞ! 今回は地上の電波の影響も少なくて、絶好の機会だと思ってたのに……!」


 電波望遠鏡って、天文台にあるような大きなやつだろうか。スケールは小さいのだろうが、それにしてもあれを作るなんて、天文学部の活動力は果てしない。

 元々、天文学科出身の科学の先生が校長に直談判して作った部らしく、その活動のクオリティの高さから、わざわざ偏差値もあまり高くない地味なこの高校に入学した生徒がいるとかいないとか。

 私は単に近いからという理由で決めた高校だったが、雅紀は多少なりとも天文学部の存在に惹かれて入学したのだろう。

 小学校二、三年のころから彼が天体を好きなことは知ってる。呆れるほどプラネタリウムを見に行ったり、天文台に行ったこともある。だから、彼がこれほど気持ちを入れ込んで、悔しがる気持ちは、わからないこともない。

 雅紀はため息を吐いて、「でも」と気を取り直して言う。


「まあ、夏休み中に泊まりで天体観測するって先生が言ってくれたし、それだけは収穫かな」

「夏休み? 受験生なのにそんなことして大丈夫なの?」

「俺は一応天文学部に進むし、一種の研修みたいなもんだ。お前だって美大に行くんだろ。実技がメインで、あまり受験勉強はしないんじゃないか?」

「美大にはいかないよ。普通の大学」

「はあ!?」


 彼は大声で叫び、歩みを止めて私の方に向き直った。納得できないと、表情全体で語っている。


「ちょ、うるさい!」

「なんで? 絵を描くのが好きなんだろ? なんで美大に行かないんだよ?」

 問い詰められているようで、私は言い訳がましく、早口になりながら言う。

「好きだけど、仕事にしたいとは思わないもの。美大に行ったとしても絵だけで食べていけないだろうし」

「やってみないとわからないだろ」

「そのために数年間とお金を無駄にすることは出来ない。それに、絵から離れるってわけでもないんだ。美術の歴史を学ぶの。そっちも好きだし」


 このときばかりは暗いことに感謝した。そうでなければ、彼に問い詰められないほど、表情を取り繕えていないかもしれないから。

 でも、美術の歴史を学ぶのを好きなことは嘘じゃなかった。絵を描けないのなら、せめて美術にかかわる仕事がしたかった。

 逃げではない。私はそれを選択したんだ。


「今回の作品が描き終わったらしばらく絵は描かないつもり。だから、あの作品だけはコンクールまでに絶対完成させる」


 今描いてる絵をコンクールの場に出す。それが終わったらもう受験で、絵を描いている暇はない。

 受験に受かった後も、きっと作品を仕上げることはないと思う。それが私なりのけじめだ。

 彼はしばらく黙ったままだったけど、ポツリとつぶやく。


「お前がそれでいいなら、いいけどよ」


 うんと私は小さくうなずいた。

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