第一章2話・・・天使?女神?美しさは正義です
目が醒めると私はベッドで寝ていた。
きっと倒れたのだろう。
上半身を起こしてゆっくりと辺りに視線を流す。
部屋には誰もい。
ここはあの男の子に連れられて入った部屋で、このベッドはあの部屋にあったベッドだろう。
そのことからここが異世界という話を聞いたのは夢ではなかったみたいだ。
ため息を一つこぼして肩の力が抜ける。
「異世界かぁ・・・」
ぽつりと独り言がこぼれた。
すぐ横の窓から差し込む光は赤味を帯びている。
腕を見ればお気に入りの腕時計が4時過ぎを指していた。
仕事を終えたのは9時。
腕時計の時間と外の光の加減を考えると夕方頃・・・なのかもしれない。
7時間も寝ていたのだろうか?
着ていた制服に乱れはない。
まあ、若干シワがついてしまっているようだが。
ポケットに手を入れてみる。
ボールペンが2本にシャチハタネームスタンプ。
小さなポケットサイズのメモ帳。
のど飴が5つとチョコクッキーが1つ、フリスクがひとケース。
髪を結ぶ用のゴムが2本。
コンビニのレシートが一枚とディスクの引き出しの鍵。
小さなコインケース。
社員証。
それだけだった。
給湯室に行くのにマグカップ以外に持って行く物なんてあるはずがない。
そのマグカップすら手に持ってなかったことを考えると、きっとどこかに吹き飛んでしまったのだろう。
突然異世界に召喚されてしまった。
これからどうすればいいのだろう。
住む場所は?
仕事は?
生活は?
お金は?
それに、どうしたら元の世界に戻れるのだろうか・・・。
召喚実験の失敗と言ってたからには、そう簡単に還れないような気がする。
静かな部屋で少しだけ落ち込んだ後、これからどうしたらいいのか聞く為に先ほどの人を探しに行くか、誰か来てくれるのを待っているべきか悩む。
この建物の周りからはあまり人の気配がしない。
もし、この建物に人がいなければ長時間待たされる可能性だってある。
私は覚悟を決めるとベッドからゆっくり降りた。
何時間も待たされてはたまらない。
こっちから行くついでに辺りの様子を伺って少しでも情報集めしておこう。
私はドアを少し開けると、頭だけそこから出してみた。
記憶通り、そこはただの通路で誰もいない。
そっと部屋から出てみる。
物音1つしない静寂の中。
私はゆっくりと来た方向とは逆の方向へと静かに歩き出した。
基本的にこの建物は自分の世界とあまり変わらないことがわかった。
装飾的な違いは文化の違いで十分説明することができるし、窓から見た背景もそう変わらなかった。
料理の味はともかく見た目も認識出来る範囲だ。
気温も涼しい初夏の温度で、制服の長袖とベストは若干暑苦しい。
生活にはあまり認識の差は感じないですみそう。
ただ、さっき会った男性は色素の差はあったが全員金髪で、瞳の色は緑とか青とかバラバラではあったけれど外国人としては見慣れた配色だ。
私を見て驚かれたものの、その後は普通に話していたことを考えると黒髪や黒い瞳の人もいる可能性がある。
黒髪だからと虐げられる可能性は低そうだ。
そう考えて角を曲がった時だった。
衝撃があって痛みが走る。
「あっ!」
鼻を抑えて痛みをやり過ごす。
どうも誰かにぶつかったらしい。
「大丈夫ですか?」
穏やかで優しそうな透き通った声で心配そうな言葉をかけられた。
「ごめんなさい。だいじょう・・・」
顔を上げて私の思考が停止する。
そこには美少女・・・いや、美女?
いや、美少女が成長の過程で美女になりかかっているようなとんでもないほどキレイな人がいた。
人形の様に整った容姿。
横からこぼれた三つ編みは薄い金色。
サファイアの様に深い瞳はぱっちりとして金の長いまつげに縁取られている。
背は私より高く、ほそっりとしていて少しだけ中性的な雰囲気だった。
誰が見ても美しいと賞賛するだろうその人は、固まったまま反応を示さない私に少し困ったような表情を浮かべる。
「あの・・・本当に大丈夫ですか?」
「あ、ごめんなさい! 大丈夫です」
「そうですか、良かった」
そう言って大輪の花が咲くようにふんわりとその人が笑う。
それを見て私の胸がきゅんっ音を立てる。
嬉しそうな笑顔に私も嬉しくなってしまう。
笑うだけで幸せにさせるってすごい。
天使?
女神?
なんでもいい。
この人とお知り合いになりたい!
「声をかけても誰もいなかったもので、ここまで入って来てしまい失礼いたしました。私はファビュラス騎士団の第三部隊の魔導騎士、セレスティアル=ビュラスと申します。こちらにいらっしゃる魔道士長、ファーレン=ビル殿はいらっしゃいますでしょうか?」
セレスティアル=ビュラス・・・名前もキレイ。
しかも魔導騎士で女騎士なんてかっこいい!
もう気持ちはミーハーである。
うっとりとしている私にセレスティアルさんは困惑げな顔を向ける。
「あの・・・?」
「セレス!」
私の後ろから最初に見た白髪交じりの男性がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「ビル殿、お迎えにあがりました」
セレスティアルさんがその男の人に向かって頭を下げた。
「おお、お嬢さんも目を覚ましたようだな。調度良かった一緒に行こう」
「え?」
この人がファーレン=ビルさん?
私に向かって男の人が頷く。
「王宮にいる王から謁見のお許しを頂いた。一緒に行って今後のことを決めなければならないし、あなたにもちゃんと事情を説明する義務がある。だから一緒に行ってくれるね?」
ファーレンさんにそう言われて私は頷くしかない。
王宮にいる王様に会うってこと?
この国の王様・・・。
私が思うより、事態はかなり大事になっているのかもしれない。
馬のような四本足の動物が引っ張る馬車に乗り。
馬車の横に白馬に乗ったセレスティアルさんが一緒に進む。
背筋をピンと伸ばして優雅に馬に揺られている姿すら美しい。
セレスティアルさんに気づかれないようにガン見である。
「ふふふ・・・セレスが気になるようだね」
「え? あっ・・・」
ファーレンさんに指摘され恥ずかしくなり、慌てて前を向く。
「大抵の方はセレスを見ると貴方と同じような反応をする。恥ずかしがることはありませんよ」
「はあ・・・」
「失礼だがお嬢さんの名前を聞いてもいいかな?」
名前を聞かれて、初めて自分の名前をまだ誰にも話していないことに気づいた。
すぐに自分の名前を名乗ろうとして思いとどまる。
本名を名乗って名前に対し何かの魔法とか使われたら困る。
ここは偽名の方がいいのかもしれない。
私は母方の苗字を名乗ることにした。
「瀬名 サキです。名前がサキになります」
「サキさんですか・・・。どのような意味が?」
「意味? ああ、名前の意味ですか? 未来って意味なんです」
未来なんて適当な嘘をさりげなくつく。
本当は春爛漫、花のように人生が咲き乱れますようにって意味らしい。
異世界に召喚されるなんて、人生咲き乱れすぎだけどね!
石畳の道を進んでいるうちに辺りが薄暗くなっていく。
もう夜なのだろうか。
夜でも王様って会ってくれるものなのかな?
まあ、突然異世界から人が連れてこられることって、十分非常事態になるんだから時間とか関係ないのかもしれない。
馬車は立派な門を通りすぎて大きな建物の前で停まった。
これが王宮なのだろうか?
大きいがけして綺羅びやかそうには見えない。
「ここが王宮ですか?」
私の質問にファーレンさんが笑みを深くする。
「ここは離宮。王は今こちらで休暇を楽しまれている最中なのですよ。普通なら休暇が終わるまで王には会えないのですが、少し特殊な状況ですからね。こちらで謁見します」
「・・・そうなんですか」
王様でも休暇がないはずない。
私はたまたまその休暇中に召喚されちゃったってわけなのね。
先に馬から降りたセレスティアルさんが馬車から降りるファーレンさんに手を貸し、次に私に手を差し出してくる。
これは降りるのを手伝ってくれるってことなのかな?
こ、こんなキレイな人に手伝ってもらっていいのだろか?
「さあ、お手を」
ドキドキしながらその手を掴んで馬車から降りる。
握った手はけして細くはなく少し骨ばっていた。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ」
セレスティアルさんは私のお礼に短く返答して顔を少しだけ下げた。
おお、何か騎士っぽい!
見上げる私に背を向け、馬の手綱を御者に預けている。
「サキさん、こちらですよ」
「あ、はい!」
ファーレンさんに呼ばれてすぐにその後をついていく。
ちらりと後ろに視線をやると、後をセレスティアルさんがついてくるのを確認した。
セレスティアルさんは護衛みたいなものなのだろうか?
女性1人に護衛させるのって、セレスティアルさんがすごく強いか、そこまで護衛がいらないからかのどちらかよね?
どちらなのだろうか?
ファーレンさんが進むまま一緒に歩いていると、前から壺を持った女性が歩いてくるのが見えた。
その姿に釘付けになる。
だって、ド派手な真っ赤な髪をしていたからだ。
今まで見ていたのは金髪のひとばかりだった、あの女性は赤く染めているのだろうか?
すれ違いがてらも視線で追ってしまう。
まさに燃えるような赤。
瞳の色も赤かった。
赤いコンタクトなんてこの世界にはないよね?
ってことは、つまり元々赤い?
初めて見る自分の世界とは違う事象に、ここが異世界なのだと思い知らされる。
私、これからどうなるんだろうか・・・。
まだまだ序盤どころか、全然進めていない・・・。
登場人物全員出るまで何話かかるのだろうか・・・。